第50話 元凶はお前だ
■□■
「ちょっと待て!」
観覧席から怒声が飛ぶ。
「負けるってどういうことだ? 八百長か? 俺たちの掛け金はどうなる?」
それを皮切りに、そうだそうだと声が上がった。
「……うっざ」
ガッと固い音を立て、S5の剣は先ほど声を上げた男の席のすぐ側に突き刺さる。闘技場中央のステージを越え、反対側のエリアの。
「ひぃっ!?」
男の頭上へ、ふいに影が差す。見上げればそこに立ったS5が男を見下ろしていた。
「なんでここに……。さっきまで、あっちにいたはず……」
「どしたん? オレに話があったんじゃねぇの? 聞くよ?」
男はただ震えながら首を横に振る。血の気を完全に失った顔色で。
「なぁ、見なよ」
S5が観覧席に座る「愛玩物」たちへ問いかける。
「こんな弱っちぃ奴らにいいようにされてさ、お前ら本当にそれでいいわけ?」
「愛玩物」たちの間に明らかな動揺が走る。持ち主たちも気配を察し顔色を変えた。
「そろそろオレらの方が、選ぶ側の立場になってもいんじゃね?」
S5は不敵に笑う。
「オレはニナちゃんを選ぶ!」
その言葉につられるように、一体の「愛玩物」が席から立ち上がる。
「おれ、は……」
チーターに似た
「ユリウス?」
「俺は……、あんたの相手なんてもうまっぴらだ」
中年女は目を見開き、たっぷり貯えた顎肉を震わせた。
ユリウスと呼ばれたWBは、わななく手からシャキッと鋭い爪が出し、女の頭上へ振りかざした。
「やめろ!」
その爪を、駆け付けたマクシミリアンが盾で受ける。
「奴に乗せられるな」
「……あ……」
ユリウスは自分の手を見つめ、そしてゆっくりと爪を引っ込めた。
だが、観覧席のあちこちでWBたちがユリウスに続く。
「そうだ」
「俺たちは」
「こんな奴に」
広がるどよめきと不穏な空気。
「やめろお前たち!」
それぞれのオーナーに敵意を向けるWBたちを、マクシミリアンは次々と移動しながら、目にも止まらぬ速さで制止していく。時には気絶などの強硬手段に出て。
「落ち着け! こんなことをすれば、後々俺たちは全員まとめて廃棄になるぞ!」
「ちょいちょい、マクシミリアン」
S5が呆れたように笑う。
「あ~ぁ、マクシミリアンはすっかり牙も爪も抜け落ちちまったねぇ。何、ぬるいこと言ってんの。処分される前に、オレらが皆殺しにしてやればいいだけだろ?」
「S5!」
「あぁ、だいじょぶ。ニナちゃんは殺さずにいてあげるから。だって、オレ、あの子のものになりたいし」
S5の口元から舌先がチロリと覗く。
「ずるいよねぇ、マクシミリアンは。自分だけニナちゃんに可愛がられちゃって、そりゃ何の文句もないさ。でも、大多数のWBは、自分の境遇に納得してないんだよ」
「……お前は、ニーナのものになりたいがために、こんなことをしでかしたのか?」
「そ♪」
「WBによる人間支配、あるいは人間抹殺を企んでいるわけじゃないんだな」
「ないねぇ、めんどくさ。オレがニナちゃんのものになるのを邪魔するやつらは殺すけど」
その時、ドスンと音を立て、何者かがS5の肩に飛び乗った。
「うぉっ!?」
闖入者はそのまま両脚で首をぐいぐい絞めつける。ディルクだった。
「てめぇ、こんなところで油売ってんじゃねぇよ。まだ、仕合の最中だろうが」
言ったかと思うとディルクは大きく身を反らす。脚で首を絞めたまま、S5を観覧席から引き剥がした。二人は絡まり合った状態で空中に身を投じ、中央ステージへと落ちてゆく。
それを追って観覧席から飛び降りようとしたマクシミリアンの背へ、声が飛んだ。
「行かないでくれ、マクシミリアン!」
肩越しに振り返るマクシミリアンへ、観客たちはすがるような眼差しに愛想笑いを浮かべる。
「こ、ここにいてくれないか、マクシミリアン。また、馬鹿なことをしでかすWBが出たら、止めてくれ。殺しても構わん」
マクシミリアンは、冷ややかな視線を返す。
「……俺は仕合中だ」
言い残し、マクシミリアンは中央ステージへ身を躍らせた。
■□■
(何が起きているの……)
観覧席の反対側にいる男が叫んだと思ったら、S5は剣を投げつけ、それと同時に彼自身も跳んで行ってしまった。続いて何か話していると思ったら、観覧席がどよめきだして、今度はマックスが追っかけて行った。何か揉めてる最中に、駆け上がったディルクがS5にしがみつき、中央ステージへと叩き込んだ。
(今度はマックスに対して観客が何か言っている)
中央ステージでは、ディルクがS5を相手に戦っている。ディルクが劣勢になったタイミングでヴィンセントが割り込み彼を守る壁となるが、ディルクはそれを良しとしていない様子だ。S5に対しては、二人がかりで互角と言ったところだろうか。
「ニーナ」
マックスが戻って来る。そして向こう側で起きたことを簡潔に説明してくれた。
「……私の所に来たい? 本当にただそれだけのために、S5はこんな騒ぎを起こしているの?」
「あぁ、そうだ」
嘘でしょ。
確かに私に執着しているのは感じていたけど、だからってここまでする?
「……そうだ、お前のせいだ」
恨みのこもった震える声がすぐ側から聞こえて来た。
「ツィヴ……」
「お前がバランスを崩したんだ! WBを人のように扱い、WBどもにおかしな希望を与えた! その結果がこれだ!」
髪を乱し、目を血走らせ、ツィヴは怒り狂う。
「WBは戦争のためだけに作られたもの! だから生殺与奪の権利は人間にある! 奴らは納得していたはずなんだ。なのにお前が、それ以外の可能性を見せるから!」
ツイヴの手が私にかかる前に、マックスが弾く。ツィヴは悪鬼のような表情でマックスを睨みつけた。
「マクシミリアン、命令だ! S5を殺せ!!」
肩で荒い息をつきながら、ツィヴは
「見ろ! WBどもはS5の言葉に踊らされ、人間へ反抗心を抱き始めた! このままでは反乱が起き、辺りは焼け野原になるだろう! WBは抹殺してやるが、人も大勢死ぬ! それもこれもお前の主人のせいだ! その女がS5を狂わせたせいだ!」
はい!?
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