第49話 S5の目的

 不意を突かれたディルクが吹っ飛ぶ。

 観客も、予想外の出来事に騒然となった。

「てめぇ……」

 だが、そこは戦闘狂のディルク。すぐに跳ね起き、鼻血をぬぐう。

「どういうつもりだ、エスファイヴ

「ワォ、さっすがディルク。この程度じゃ沈んでくんないか。それじゃ」

 S5が剣を構えディルクへと突進する。

「二度と起き上がれないよう、完全に潰しとくわ」

「やってみやがれ!」

 ディルクもまた嬉しそうに口角を上げ、目をギラつかせながらS5へと挑みかかった。

 目にも止まらぬ剣戟が続く。これがSクラスとSSクラスの戦いか。

(どういうことなの?)

 この仕合はツィヴの所の二人と、ウチのワーブルートが戦うもののはずだ。なぜ、ツィヴ側の二人が死闘を繰り広げているのだろう。マックスとヴィンセントも唖然としている。


「何をやっている、S5!!」

 ツィヴが立ち上がった。

「お前の倒す相手はマクシミリアンだ! 今すぐディルクへの攻撃を止めろ!」

 S5がちらりとこちらへ目を向けた。聞こえたはずだ。だが、すぐにディルクとの戦いへと戻る。

「S5! くそっ!」

 この状況は、またしてもツィヴにとって予想外のことのようだ。ツィヴがマイクを掴む。

「運営! この仕合を今すぐ辞めさ……!」

 言いかけて、ツィヴの言葉が止まる。

 ――もうエントリーも入場も終えてしまったのですよ? 今、仕合の中止を求めればそれはギブアップ、つまりあなたの側の敗北と言うことになりますが?

 自分自身が私に向けて放った台詞を思い出したのだろう。

 ぶるぶると肩を震わせながら、ツィヴは歯噛みをしている。

「ツィヴさん、何が起きているか説明を……」

「私が知るわけなかろう!!」

 その時、ダンッと重たい音が響いた。

 先程まで闘技場中央にいたはずのS5が、私たちの前まで飛び上がってきていた。闘技場ステージに目をやれば、戦闘相手のディルクは、壁に叩き付けられ動かなくなっている。

「S5……、どういうつもりだ……!」

 目を血走らせて凄むツィヴに、S5はニカッと笑う。

「この仕合ってさ、負けた方が相手の陣営に入るんだよね?」

「あぁ、そうだ! だのに、お前は……!」

「オレさ、ニナちゃんのとこ行きたいんだわ」

(はい?)

 S5はこちらに向かってウィンクをした。

「前にニナちゃんに、オレのこと買ってくれるように頼んだんだけど。断られちゃって。そしたらこの間、この仕合に負けたらニナちゃんとこ行けるって聞いたからさぁ」

 嘘でしょ……。

「でもさ、ディルクはわざと負けるの受け入れそうにないじゃん? だからまずディルク潰して、オレがあいつらに負ければいいかな、って。そしたら、ニナちゃんがオレのご主人さまになるっしょ? この機会を逃すわけにはいかないと思ったわけ」

「まさか、そのために……」

 私はS5を睨む。

「アイザックを試合に出られなくしたの!?」

「そ♪」

 軽い口調で返され、私は言葉を失う。

「だって、オレ、ニナちゃんのとこ行きたいもん。今、負けてくるから待っててね」

「S5ゥウッ!!」

 ツィヴが激昂した。

「そんなことが許されるか! 例えお前が勝っても、移籍するのはアイザッ……!」

 重い音がした。S5が、ツィヴの座っていた椅子を土台ごと蹴破った音だった。ただのひと蹴りで、それはスクラップへと変じていた。

「……ぁ……か」

「オレを行かせて?」

 床に転げ落ち、目を剥き青ざめるツィヴに、S5は不思議そうに首をかしげる。

「そう言う約束じゃん?」

 S5が足を振り上げる。下ろす軌道の先はツィヴの頭だった。

「やめて……!」

 ゴッと鈍い音がする。私は反射的に目を閉じ、顔をそむけた。


「ニーナの前で、それはさせん」

 最も信頼を寄せる低い声が、すぐ側から聞こえた。恐る恐る目を上げる。

「マックス……」

 マックスはツィヴを庇い、S5の足を盾で受け止めていた。ツィヴと言えば、マックスの陰で頭を抱えて震えている。

「え~、マクシミリアンさぁ、なんで邪魔すんのぉ? オレ、ちゃんとアンタには負ける予定だから、下で順番待っててよ」

「この男を傷つける必要はあるまい」

「だってさぁ、ムカつかね? こいつら弱ぇのに、オレらにあーだこーだ指図してさ」

 その双眸に冷たい光が宿る。

「……ちょっと分からせとこっかな、って」

 その時、マクシミリアンの下から這い出たツィヴが悲鳴のような声を上げた。

「け、警備ィイ!!」

 既に異変が起きた際、連絡が入っていたのだろう。ツィヴの叫んだタイミングで、銃を構えた警備員がわらわらと出てくる。ツィヴは引きつった笑みを浮かべ、叫んだ。

「殺せ! S5を殺せ!」

 刹那、S5が私の視界から消えた。そして打擲ちょうちゃく音が連続して耳に届く。

 再びS5が私の前に現れた時、さっきまであちこちに立っていた警備員の姿はなかった。私は足元に目をやる。

(ひっ)

 そこには血を流した警備員が倒れていた。破壊された銃を、手から取り落として。

「ね? もー、力の差は歴然」

 S5が肩をすくめてみせる。彼の拳からは血がしたたり落ちていた。これらすべては彼がやったのだ。たった一瞬で。

 今や観覧席は水を打ったように静まり返っていた。

 足元で震えるツィヴを一瞥し、S5は観覧席へ向き直る。その視線の先には、着席している「愛玩物」の姿もあった。

 S5はツィヴの席のマイクに近づく。


「みんなさぁ、なんで言いなりになってんの? そいつらを簡単にれる力が、俺らには備わってるってのにさぁ」

 どよめきが広がる。それは観客たち、そしてWBたちからのものだった。

 S5がくるりとこちらを向く。一緒に来ていたイギーたちが、私を守るように身構える。

「だいじょーぶ、オレ、ニナちゃんには怖いことしないから。そんな目で見ないで?」

 マックスが前に出て、私を背に庇った。

「えー、マクシミリアン、邪魔ぁ。せっかくニナちゃんと見つめ合っていたのに」

「ニーナにそのこぶしを見せるな」

「なんでぇ?」

「ニーナは血腥いものが苦手だ」

「マジでぇ? 可愛すぎん?」

 S5が目をキラキラさせる。

「だからマクシミリアン、最近、ダサい戦いしかしなかったんだ? もー、ニナちゃんのこと好き過ぎん?」

「ああ、愛している」

「おっとぉ!」

 S5がおかしそうに身をよじらせる。

「……ま、オレもニナちゃん好きだからさ」

 その目に、野生の光が刃のように光る。視線の先は、ツィヴだった。

「オレ、この仕合負けっから。よろしく」

「S……5……ッ」

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