第48話 聞いてない!

 運命の日はやってきた。

「大丈夫だ」

 マックスは笑って私の肩に軽く触れ、控室へと入っていく。ヴィンセントと共に。

 最終的にマックスと出場させるのは、無難にウチで一番ランクの高い巨熊アルクトテリウム型のヴィンセントとなった。

(相手は、Sランクの二人組……)

 比べてこちらはヴィンセントがAランクに、マックスがBランク。

 ランクだけが全てを決めるわけじゃないけど……。

「行きましょう、ニナ嬢」

 今日はウォルドやイギー、そして飛行型のヒースも観戦について来ている。

 オーナー席に着くと、ツィヴと目が合う。既に勝ち誇った笑みを浮かべる彼に、私は表情筋を総動員して笑みを返しつつ、心の中でシャーッと威嚇した。




『さて、本日のスペシャルマッチ! お待たせいたしました。今日、この仕合を目にされる方は非っ常にラッキー! 今、運気がアゲアゲ状態ですので、投資などのチャンスかもしれません!』

 相変わらずハイテンションのアナウンサーが適当な軽口をたたき、観覧席の笑いを誘っている。

『それでは入場です! チーム・クモイからは、クモイ家の亡霊! 往生際悪く這い上がる没落の象徴! Bクラス・マカイロドゥス型マクシミリアーン! そしてかつての雇い主に牙を剥くか!? ワーブルートに恩義と言う言葉はないのか!? Aクラス・アルクトテリウム型ヴィンセントー!』

(また勝手なこと言って)

 会場のライトが落ち、輝く入場口にシルエットが浮かび上がる。

(絶対に勝って、二人とも)

 私は両手の指を、祈るように胸の前で組んだ。

『さぁ、彼らに引導を渡しますは、我が街の名士であるところのツィヴ氏からの刺客コンビ! なんとこの仕合、勝利を収めた方のチームが敗北したWBを手中に収めると言う変則ルールとなっております!』

 アナウンサーの言葉に観覧席がワッと盛り上がる。

『ツィヴ氏側が勝利し、マクシミリアンとヴィンセントは古巣へと戻ることになるのか! もしくは相手WBを奪い取ったニナ嬢が、筋違いな恨みの念をぶつけることとなるのか!』

 しないし! なんで私がそんな極悪人にされてるのよ!

 てか古巣って何? クモイ製WBの古巣はクモイ家ですが!?


 不公平なアナウンスにイライラしつつも、私は対戦チームの入場を待つ。光の中にディルクのシルエットが浮かび上がった。

(来た。……あれ?)

 ディルクと一緒に出てくるのは、アルクトテリウム型のアイザックのはずだ。

(……細くない? いや、細いよね!?)

 三メートルを超すアルクトテリウム型にしては、明らかに細身で小柄だ。シルエットが全く違う。

『さぁ、登場いたしました! 額の傷を闘志に変えて、かつての同胞を打ち破れ! Sクラス・ダイアウルフ型、ディルーク!! そして……』

 場内の明かりが点く。

(えぇえ!?)

『現在のWB界頂点トップに燦然と輝くこの完璧パーフェクトボディ! SSクラス・スミロドン型、エスファイヴ――!!』

(ちょ!?)

 轟くような歓声を浴びながら出て来たS5は、自身を見せつけるように両こぶしを天に着き上げる。そしてこちらを向くと、投げキッスを飛ばしてきた。

「どういうことだ!?」

 驚いたことに、その声を発したのはツィヴだった。

 なんであんたが驚いてんのよ!

「ツィヴさん? ここに出てくるのはアイザックのはずじゃ……」

「運営!」

 ツィヴは私を無視して、マイク越しにどこかへと連絡を入れる。

「なぜS5が出ている? アイザックはどうした? 何?」

 その目が大きく見開かれた。

「S5と口論になり、今、控室でのびているだと? 責任を取ってS5が出る、そう言ったのか?」

 えぇえ!?

「ちっ」

 ツィヴは顔をしかめて通信を切る。大きくため息をついて椅子に背をドッと預けた。

「待ってください! 今の話は本当なんですか? アイザックじゃなくてS5と戦わなきゃいけないってことですか?」

「そうなるな」

 ツィヴは鼻を鳴らして、腕を組む。

「まぁ、どちらでも構わんでしょう。どうせ勝つのは、私のチームなのですから」

 いいわけあるか!

「Sランク二人組と戦うって話でしたよね? 今そっち一人SSランクですよね? 狡いじゃないですか!」

「知ったことじゃありません。もうエントリーして、入場まで終えてしまいましたのでね。このままでいくとしましょう」

 ふざけるなっ!

「アイザックはどうなるんです? これに勝ったらちゃんと返してもらえるんですか?」

「知るか」

 知らんことあるか、責任者ぁあっ!


『ヘーイ、ボス!』

 ステージから陽気な声が聞こえて来た。S5がひらひらと手を振っている。

『揉めてるようだけど、だいじょぶ? オレ、このまま戦ってい~い?』

「あぁ、構わん」

 構うし!

「普通に進めようとすんな! こんな仕合、無効に決まって……!」

「おやおやおや? いいのですか?」

 ツィヴはニヤニヤと白い歯を見せる。

「もうエントリーも入場も終えてしまったのですよ? 今、仕合の中止を求めればそれはギブアップ、つまりあなたの側の敗北と言うことになりますが?」

 な……!

「まぁ、戦わずしてマクシミリアンを譲ると言うのなら、仕合を止めてくださっても構いませんよ」

 この……、卑劣漢!


『ボス、最終確認ね。負けた方が相手チームの所属になるってことで、OK?』

「あぁ、その通りだ」

 観覧席から歓声が上がった。拍手の音まで混じる。

『りょうか~い』

 S5がネコ科特有の目の細め方をし、牙の目立つ口元から舌先をチロリと覗かせた。

『じゃあ、思い切っていかせてもらうよ』

「マックス!」

 私は思わず叫ぶ。

 マックスは表情を引き締め、こちらを見て一つ頷く。そこに笑顔はなかった。


 四人のWBは各々剣を手に取る。そしてルール通りに彼らは刀身をぶつけ合い、澄んだ音をゴングの代わりとする。と同時に、四人は一瞬で飛び退り間合いを取る。

 着地と同時に、先陣を切って次の動きに映ったのは、S5だった。

「よっとぉ!」

(え!?)

 S5が強烈な肘打ちを顔面に食らわせた相手は、だった。

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