第47話 女神の祝福

(タッグ戦、マックスと組ませるのは誰にしよう……)

 強ければ強いほどいいに決まってるが、例えば環境のせいでランクアップできなかったなど、可能性が未知数なワーブルートもいる。

(実際に目で見て考えるか)

 時刻は午後。

 みんなは地下でトレーニングをしている頃だ。戦うために生み出されただけあって、彼らの強くなることにかけての熱意は、アスリート並みだった。


 書斎から階段を降り、地下のトレーニング施設へ向かう。

 そして、中央に目をやり、ぎょっとなった!

「なんでいるーー!?」

 そこに立っていたのは、先日私に声を掛けて来た猫型猛獣タイプの自信家チャラ男エスファイヴだった。

 私が飛び退すさり、壁に背中をぶつけた様子を、みんなはきょとんとして見守っている。

「なんでいるの? いつ入ってきたの? 何しに来たのー!?」

「落ち着け、ニーナ」

「マックス! だって……!」

「これは作り物だ」

 作り、物?


「ほら」

 マックスがS5の肩を掴み、こちらを向かせる。表情や目の動きは一切ない。

 マネキン的な?

「……え、なんでこんなものがここにあるの?」

「イヴォンの作です」

 イギーの声に振り返る。彼の陰に潜む双子のようにイヴォンはもじもじと立っていた。

「イヴォンが作ったの、これ?」

「……はい」

 めちゃくちゃ器用だな。WBたちの再就職を考える際、イスキロトムス型には色々と可能性がありそうだ。

「でも、なんで?」

「あの……、その……」

 恥じらうように視線を逸らし、両手の人差し指をツンツンと合わせながら、それでも以前よりはしゃべってくれる。

「数日前の買い出しの時に、ニーナさんがS5から絡まれたと聞きまして」

 あー、うん。

「すごく失礼なことも言ったとも聞きまして」

 そうそう。

「だから、マックスがボコるのにちょうどいいかな、って」

 うんうん、……え?

「ボコる?」

「これ、パンチングマシーンに取りつけるんです。きっとマックスも気合が入ると思うんです」

 待って?

「中に赤い液体も仕込んでおきましたので、ダメージの臨場感もばっちりです」

 イヴォーン!? テレテレもじもじしながら、怖いこと言わないで! 上手に工作が出来たことを、褒めてほしがる子どもの瞳をしてこっち見上げないで。


「あー、イヴォン、これは……」

 申し訳なさそうに、マックスはそれを担ぎ上げる。

「せっかく作ってくれたのは嬉しいが、あー……」

 マックスも言葉選びに困ってる。

「やはり無抵抗の相手を一方的に殴りつけるのは、少々気が引けると言うか」

「ただのトレーニングの器具ですよ」

「それは、分かっているのだが」

 珍しいな、こんなにマックスが困ってるのを見るのは。

「誰かの姿を模したものだと思うと、いくら対戦相手でも少しな。それにこれだけ出来のいいものを破壊するのはしのびない」

「そ、そうですか……」

 イヴォンがしょんぼりと肩を落とす。

「じゃあそれ、廃棄してきます」

「い、いや、それは」

 作品を撤去しようと伸ばすイヴォンの手を、マックスは避ける。そこへウォルドが現れた。

「ふむ、これはこちらで預かりましょう」

 マックスの手からS5人形を奪い取ったウォルドが、その出来を調べる。

「リーチや重量など、計算する際の参考になりそうです。助かりましたよ、イヴォン」

 そう言って持ち去るウォルドの背を、イヴォンははにかみつつ見送った。

 待ってウォルド、それどこに持って行くの?

 物置なんかに置かないでね? うっかり見つけた時に心臓止まりかねないから。




 夜が訪れた。

 私はベッドに横たわり、窓越しの月を見上げる。

(本当に、誰にすればいいんだろう)

 仕合は明日の夜。けれど、まだパートナーが決まらない。

 マックスと組んで、勝てる人。Sランクコンビに勝てる人……。

 考えるだけで胸が痛くなる。

(これで、もしも負けたら……)

 マックスは二度とここへ戻ってこないかもしれない。

(怖い……)

 布団の中で枕を抱き、きゅっと身を縮める。

 前はニナのために取り戻した。今回は自分の意思で渡したくない。

 私はベッドから降り、廊下へ続く扉を開ける。

(ヴィンセントは、いない)

 ほっとしながら、マックスのいる向かいの部屋の扉を軽くノックする。

「ニーナ?」

「入るよ」


 私は扉を細く開き、隙間からマックスの部屋へ滑り込む。

「どうした、こんな夜中に」

 マックスも眠る準備をしていたらしく、普段のジャケットは脱ぎ薄手のシャツだけとなっていた。

「眠れんのか? なら、ホットミルクでも用意しよう」

 部屋から出ようとするマックスの腕を、私は掴んで止める。

「ニーナ?」

「……っ、もうっ!」

 私は領の拳を、マックスの胸へと叩きつけた。

「なんだ、ニーナ」

「もうっ! もうもうもうっ!」

 ドンドンと音を立てて、私はマックスを叩く。彼は身を一切揺らすことなく、壁のようにそこに立っていた。


「明日は絶対に返ってくるのよね?」

「あぁ」

「嘘じゃないよね?」

「嘘じゃない」

 見上げれば薄明りの中、蒼い目が私を見下ろしている。静かで、澄み切った瞳で。

 目の奥がじんと痺れ、知らず涙があふれだす。

「ニーナ、なぜ泣く?」

「怖いからだよ」

「何が怖い?」

「マックスと会えなくなるかもしれないと思うと」

「俺は勝って帰ってくる」

「わかってる! わかってるけど!」

 私はマックスの胸元へひたいを預け、ぐりぐりと擦り付けた。

「ツィヴの元でやつれ果ててた顔、今も忘れられないんだよ。万が一ツィヴに奪われるようなことになれば、マックスはまた……!」

「それはない」

 大きなてのひらが、私の後頭部を覆う。

「あの時は半ば自棄になっていた。ツィヴに一切の得を与えぬために、勝利を完全に捨てていた。だが、今は違う」

 マックスが私を抱きしめる。

「ニーナ、必ずお前に勝利を捧げる」

 私も両手をマックスの背へ回す。体が大きすぎて、分厚過ぎて。腕が回り切らない。二人の胸と胸とがしっかりと合わさる。

 頭上から小さく息を飲む音が聞こえた。

「ニーナ」

 静かでやや掠れ、上ずったような声。私は目を上げる。

 蒼い瞳の中で、野生の炎が白々と揺らめく。

「……お前の元へ必ず戻る。そのために」

 マックスは身をかがめる。びくりと身をすくめた私の首元へ、彼は鼻を埋めた。

「う、くすぐった……!」

「お前を、俺の戻る場所にする」

 鼻先が私の肌を辿る。続けて切なく震えるため息と共に、くぐもった声が届いた。

「甘い香りがする。俺の……この世で最も愛しく思う匂いだ」

 やがて顔を遠ざけると、マックスは満足気に笑う。

「これで、お前自身が俺の居場所だ」

「なにそれ、もう」

 私は吸われた首筋に手をやる。そこは未だむずむずとくすぐったい。

「私もやる。吸う」

「吸う?」

「そう」

 私はマックスの胸元を指先でつつく。

「ここのモフ毛に顔を埋めて、吸うの。思い切り」

 はしたない真似をするなと、渋い顔をするのを予測していたのだが。

 マックスはタイをするりとはずし、シャツの胸元を緩める。

「え……」

「好きにしろ」

 戸惑いつつも、私はそこへ顔を近づける。後頭部に大きな手がかかったと思うと、私の顔は獣毛の中へと埋められた。

(あぁ……)

 大好きな匂いだ。あったかくて、野性的で。

 頭からかぶせられた、ジャケットと同じ匂いの。

 満足して私は顔を上げる。

「これでいいのか」

「うん」

 マックスの大きな手が私の両頬へかかる。

 ゆっくりと二人の唇は引き合い、触れた。

「今宵はここまでにしておこう」

 マックスは照れたように微笑み、私からそっと目を逸らす。

「勝利の女神からの祝福をもらったからな。これ以上欲をかいては罰が当たる」

「……大袈裟」


 胸の奥に灯された甘い炎。私はそれを抱いて眠りに就いた。


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