第46話 受けて立ちたくなかった

「いかがです? 面白いでしょう?」

 面白いわけあるか。

 完全にマックスを奪い取るのが目的じゃない。

「お断りします」

 今度こそ私は声に出して言った。

「このお金で今日アイザックを引き取って帰るので、連れて来て下さい」

「おやおや。大勝負に賭けてみたいとは思わないのですか?」

「思いません。私は地道にやっていきます」

「はーっはっはっは」

 ツィヴは身を反らして笑う。

「ニナ嬢は、お気に入りのワーブルートに余程自信がないと見える!」

(は?)

「だってそうでしょう。あなたの後ろに控えているのは最高グレードとは名ばかりのハリボテ。ランクなんて下から二番目だ。ディルクとアイザックのSランク二人組に勝てるわけがありませんからねぇ!」

 安い挑発だ。

 マックスはそのディルクに勝って、自らの身請け代を稼いだのを忘れたのだろうか。

 ただ……

(あからさまな挑発だと頭では分かっていても、クッソむかつくけどね!!)


「何と言われましても」

 私は口元をひくつかせながらジュラルミンケースを持ち上げる。

「今日はアイザックを連れて帰ります」

「待て」

 ケースの取っ手を掴んだ私の手首を、マックスが捕らえた。

「その条件、飲もう」

「嘘でしょう!?」

 これは罠だ。相手はSクラス二人。そしてこちらにいるのは最高でもAクラスだ。

「向こうはマックスを取り戻したくて、こんなこと言ってるのよ? 見え見えじゃない」

「勿論分かっている。だが、ディルクを手に入れられるチャンスは今回限りかもしれない」

「どうして」

「正式な交渉では、WB本人の意思が条件になっているからだ。まともな手段では、ディルクはツィヴの元を離れん」

「……」

 そこまでツィヴの元から離れたくないなら、無理にこちらに引き取らなくても、という気持ちはある。ディルクの意思を尊重したい。けれど、彼の額につけられた「負け犬」の焼き印を思い出すと、思いは複雑だ。

「さて、いかがしましょう?」

 にやにやと笑うツィヴを私は睨む。

「受けてくれ、ニーナ」

 背後からは、マックスの声。

 嫌だ、こんな仕合受けたくない。だけど。

「……受け、ます」

 私が震える声で伝えると、ツィヴはまたしても嬉しそうに笑った。

「まったく。自分の意志のない、WBの傀儡になり果てた世間知らずのお嬢様は、扱いやすくてよろしいですなぁ!」

 うぎぃいいいい! マックス! こいつこんなこと言ってるよ!? 殴っていい!? 殴ろう? ねぇ!!

 はらわたの煮えくり返る思いをしながら、私はマックスと共に部屋を後にした。




「本当に勝てるんだよね!?」

 エレベーターの中で、私はマックスの胸倉を掴んでいた。

「勝つ」

「意思表明だけじゃだめだよ! 本当に確実に絶対に勝ってくれなきゃ、だって!」

 胸の中で、恐怖に近い不安が渦巻いている。

「マックスたちを出場させて、もしも負けてウチの主力を二人も連れてかれてしまったら。二度とマックスを取り戻せないかもしれないじゃない!」

 せっかく気持ちが通じ合った大切な相手なのに、ツィヴに奪われてしまう。しかも、迫害を受けることが確実な場所に。

 知らず涙があふれてくる。

「そんなの嫌だよ!!」

 自分でもヒステリックな声を上げているのは解っている。けれど抑えられなかった。

(ニナも……)

 マックスが連れて行かれた、助けてほしいと、泣きながら私にすがって来た。

(こんな気持ちだったの?)

 マックスの獣毛に覆われたごつい指が、私の目元をぬぐう。

「勝つ」

 マックスの言葉と同時にエレベーターが目的階に着き、扉が開く。ホールには、今日出場させたウォルドとヴィンセントが待っていた。


「おかえりなさいませ。おや、アイザックの姿が見えないようですが」

「我が主、いかがした? 泣いているではないか」

「実は……」

 マックスがツィヴから突きつけられた条件と、それを受けたことを説明する。

「なるほど」

 ウォルドが頷き、かがんで私の顔を覗き込む。

「大丈夫ですよ、ニーナ嬢。私が必ず勝利を手にして戻ってきます」

「待て、ウォルド。何を勝手に決めている」

 ヴィンセントが唸るような声を出す。

「出場するのは、マックスと組む一体だけだ。アイザックが相手なら、同タイプの我が行くがよかろう」

「それを言うなら、ディルクは私と同型ですか?」

 言い争いが始まってしまった。

「ニーナ」

 マックスがジャケットを脱ぎ、私の頭にかぶせる。

「心配するな。皆、これまでより力をつけている」

「……」

 黙り込む私を、マックスはグイッと抱き上げる。いつものように。

「では帰るぞ。通路を抜けるまで、耳を塞いでいろ」


 驚いたことに、WBの間では私の元に来たいと願う者が激増しているらしい。私が引き取ったWBがみんな幸せに暮らしていると、噂が広まって。

 だから通路を通るたびに私は大声で名を呼ばれ、彼らの必死なアピールを受ける。中には私がWBを愛玩物にしているという噂を鵜呑みにし、露骨に卑猥な言葉をかけてくる者までいる。本音を言えば全員引き取ってあげたい、救ってあげたい。けれどそれにはまだまだ、受け入れ側の私が力不足なのだ。

 私の抱く罪悪感を、マックスは十分に理解してくれていた。だからこそ、私が現実を見ずに済むようにいつも気遣ってくれた。

 マックスのジャケットに包まれ、私は耳を塞ぐ。準備が整ったのを察し、マックスは走り出した。

「ニナさ……」

「オレの……」

「助け……」

「こっち見……」

 幾つもの声が飛んできて遠ざかる。

 私は身を固くして、今日も全ての声を置き去りにした。

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