第45話 ちょっとした趣向

 うなりを上げて飛んで来たマックスの拳を、エスファイヴと呼ばれたワービーストが受け止める。

「ヒュゥ、相変わらず重ぇ」

「……ニーナにこれ以上近づくな」

「あららら、オーナー様を呼び捨てにしちゃってる? そこまで許される仲なんだ」

 S5は軽くステップを踏みながら、後方へ下がる。

「おいおい、殺気抑えなよマクシミリアン。オレら一応、世間的には戦いから身を引いた存在なんだぜ? 暴力沙汰なんか起こしてみな? あっという間に処分場行きだ」

 その言葉に背筋が冷える。

「マックス」

「わかってる」

 マックスは固めたこぶしをゆっくりと下ろした。S5から目を離さずに。S5はにまにまと笑い、軽いステップで私の周りを移動した。

「オレさ、前の持ち主の所では愛玩物やってたんだ。だから、割と得意よ?」

 何がだ、と言いたいけど。艶めかしい流し目がやたらサマになっているので、言わんとしていることは察した。

「クモイ社以外のも試してみなよ。きっと世界変わるよ?」

「……生憎、今のところはクモイ社のしか買う気ないんで」

「じゃ、買い揃えたら次はオレを買ってね」

 怒気を放ち一歩踏み出したマックスに対し、S5はスッと身を引く。そして手を振りながら仲間の元へと戻って行ってしまった。


「……なんなのあれ」

「忘れろ」

 マックスが私の肩に手を掛け、ぐいと引く。

「……いずれステージで叩きのめしてやる」

 私よりマックスの方が怒っているようだ。

「そう言えばマックス、次からBランクだっけ。さっきのS5さんのランクは?」

「SSランクだ」

「叩きのめすのはかなり先になりそうだね」

 マックスがもの言いたげに私を見る。

「何?」

「……いや」

「言いたいことがあるなら、ちゃんと言おう?」

「仲間を買い取るために貯めた資金を、お前があいつに使いやしないかと」

「しないよ! どうしてそう思うの!?」

 マックスは目を閉じ、ぶつぶつと口の中で繰り返す。

「そうだ、いくらなんでもそれはない。ないはずだ。ニーナが例え、WBを見るたびに尊い尊いと鳴き声を上げる変わり者だとしても」

 私、めっちゃ得体のしれない人物認定されてる?

「そこまで節操ないわけじゃ……」

 言いかけて口ごもる。確かに先ほどのS5はイケ獣だった。言ってたことはちょっとアレだが、観賞用には悪くないと言うか。毛並みも体格も一級品って感じだし。

「ニーナ」

 私の心を読んだのか、マックスが冷ややかな目をこちらへ向けている。

「いや、大丈夫ですよ?」

 私は慌てて手をパタパタさせる。

「まずはクモイ社のWBを救ってから。それ以降のことは、全て片が付いてからみんなと相談しながら、ね!」

「分かっているなら、いい」

 少し拗ねたようにぷいとそっぽを向き、マックスは先に立って歩きだす。私は慌ててその後を追った。




 だが、マックスとS5が戦う機会は、思いの外早く訪れることとなる。

 ツィヴの提示した七千万を揃え、ようやく巨熊アルクトテリウム型の最後の一人アイザックを引き取ろうと交渉に赴いた時だった。

「これで売り渡してやっても構いませんが」

 豪奢な部屋で、ツィヴは革張りの椅子に身を沈め、尊大な様子で足を組む。

「一つ、ちょっと変わった趣向を提案したいのですがね」

 お断りします、と心の中だけで即答する。

「……お聞きしましょう」

 戦闘向きでないイギーに一勝しろと言ったり、マックスにランク違いのバトルを仕掛けたりしてきたツィヴだ。何を言い出すか知れたものじゃない。まぁ、これまでこちらの全勝ですが。

「いや、ニナ嬢にも悪い話じゃないと思いますよ。この条件を飲んでくれるのなら、御社のアイザックにおまけして、ディルクも付けて差し上げようじゃありませんか」

(え?)

 私はマックスと顔を見合わせる。

「あぁ、こちらの七千万は結構ですよ。その上、一体分おまけしちゃいます。いかがでしょう?」

 そんな通販みたいなノリでディルクつけちゃうの?

「あの、WBの譲渡には本人の承諾が必要だったのでは? ディルクはあなたの元で戦うことを希望しているようですが」

「私が『いらない』と判断したことにします。本来なら廃棄前提で通路の安売りに並べるところですが、直接あなたにお渡しすると言う形になります」

 あぁ、そういう。

 私はマックスと目配せをしあい、ツィヴに向き直る。

「で、その趣向とは?」

「はっはっは、さすがニナ嬢! いい反応をしてくださるじゃありませんか!」

 何がそんなに面白いのか、パンパンと手を打ち鳴らしている。

「いえね、ただのタッグ戦ですよ」

「タッグ戦?」

「えぇ、こちらからはアイザックとディルクを出します。そちらからは、そこにいるマクシミリアンと」

(え)

「もう一体はお好きなのをどうぞ」

 つまり、クモイ社製同士の戦いになると言うことか。

(傷つけたくないなぁ……)

 こちらの陣営のWBも、ツィヴの陣営のWBも。

「それでですね、勝った方が総取りというのはいかがでしょう?」

「総取り?」

「そう!」

 ツィヴは椅子から立ち上がり、舞台役者のような大仰な身振りで私へ迫ってくる。

「私の陣営が負ければ、アイザックとディルクはニナ嬢のものです。逆に、ニナ嬢の陣営が負ければ、マクシミリアンともう一体は私のものとなります」

「なっ!?」

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