第44話 逆スカウト

 そこにはWワーBブルートを連れたご婦人が立っていた。古めかしいスーツスタイルで、上品で柔和な笑みを浮かべて。

「あら、ごめんなさい。大丈夫、あなた?」

「え、えぇ。こちらこそすみません」

 頭を下げつつも、私の目はご婦人の手元から目が離せなかった。彼女はリードを握っており、その先は彼女の連れているWBの首輪へと繋がっていた。

 何事もなかったように、ご婦人は去っていく。当たり前のように、鎖を引きながら。


「首輪……」

 私は呆然と彼女の背を見送る。

「もしかしてWBと一緒に外を歩くときは、付けなきゃいけないものなの?」

「いや」

 マックスは首を振る。

「そんな規則ルールはない」

「良かった……」

 マックスや他のみんなに首輪と鎖を付けて、外を歩きたくない。

「なんか特殊プレイっぽくてヤダ」

「だが、付けるも付けぬも持ち主の自由だ。俺たちは、そう言う存在だ」

(持ち主……)

 私はマックスを見上げる。こんなに温かいのに、気持ちだって通じ合えるのに。

(マックスにとって、私は持ち主……)

 繋ぎ合った指にキュッと力を込める。すると、獣毛に覆われた指が握り返してきた。

「まぁ、俺のこの服装もニナの趣味に従ったものだが」

 そうだね、執事的な黒ジャケット着てるWB、他に見たことない。

「趣味と言うより、家のことを任せている信頼の証なんじゃない?」

「確かにそうだな」

 いや、待って? 言っておいてなんだけど、もしかしたら本当にただの趣味だったりする? ニナ、ムキムキケモにスーツを着せる趣味があったりする? 私と分かり合えたりする?

 ふと、デコトラや痛車が頭をよぎる。趣味で飾り立てるのは、あんな感覚かもしれない。


「そう言えば、そろそろ一体なら買い取れそうだな。Sランク」

「そうだね」

 マックスたちの頑張りで、ファイトマネーは順調に貯まっている。あと数回出場すれば、ツィヴの提示した七千万プレティが確保できそうだ。

 私の元へ引き取ったばかりの頃より、みんなの士気は格段に高くなった。一般オーナーが出場させられるWBは一日につき三人までだが、みんなそれぞれ出場したがるのでちょっと困惑している。私からすれば、命のやり取りをする場所に彼らを出すのはとても怖いことだ。けれど彼らは、私のために戦いたいと言う。思い返せば、イギーも最初そう言っていた。戦争のために生み出された彼らの根底にあるのは、程度こそ違えど闘争本能なのだろう。

「やっぱり引き取るなら巨熊アルクトテリウム型の方からかな。ディルクには断られそうだし」

「だろうな」


 イギーに頼まれた部品を買い、私たちは店から出る。そこに予想外の一行が歩いてくるのが見えた。

「WBだ!」

「かっけぇ!」

 子どもたちの無邪気な声は、道を行く目立つ一団に向けられていた。

「あそこにいるの、ディルクだよね? それから他は……」

「全員、ツィヴの所のエースだな」

 列をなして歩いていたのは、WBの集団だった。皆、仕立ての良さそうな服を身にまとい、アクセサリーも付けている。全員スタイルがいいので、ちょっとしたモデルのようだ。

 堂々と歩いている彼らに人々は振り返り、密かに称賛の声まで上げている。

「マックス」

 私はマックスに身をかがめてもらい、耳元で囁く。

「彼らが闘技場で戦っているの、普通の人は知らないんだよね?」

「あぁ、そうだ」

「じゃあ、どうしてみんなはスターを見るような眼差しを向けているの?」

「単純に、見栄えがいいからだろう」

 どんな感覚なのだろうか。私が思うより、ケモはこの世界で受け入れられているのだろうか。それとも兵器が展示される軍事系のパレードでも見ているのに近い? もしくは、すっごく出来のいい痛車に惹きつけられてるようなもの?


 そんなことを思いながら、彼らを見つめていた時だった。

 中にいた一人が、私を見て「おっ」と言う顔つきをした。そして列を抜けると、こちらへすたすたと歩いてくる。牙が目立つ、ネコ科とおぼしき姿のWBだった。

「よぉ、ニナちゃん」

 軽い調子で私に手を振っている。身に着けているジャケットは、毛の色と相性が良かった。

 マックスが私の前に立ち、身構える。それに対しネコ科の猛獣のような彼は両手を広げ、攻撃の意図はないと言うゼスチャーをした。

「何をしに来た、エスファイヴ

「そう怖い顔しなさんなよ、マクシミリアン。ちょこっと挨拶しに来ただけじゃん?」

「挨拶?」

「そう。オレの未来のオーナー様にね」

 えっ? 未来のオーナー様?

「どういうこと?」

「言葉のまんまだよ、ニナちゃん。オレのこと、買ってくんない?」

 マックスがガードしているにもかかわらず、彼はぐいぐいと顔を近づけてくる。

「やー、どうせ誰かに従うならさ、オッサンよか可愛いお嬢ちゃんの方がアガるじゃん?」

「え、えっと……」

「オレ、結構イイと思うよ?」

 イイ、と言われても。

「近づくな、S5」

「どうせこのクソ真面目、ニナちゃんをちゃんと満足させられてないっしょ?」

 はい?

「ニナちゃん、今はこの堅物がオキニなんだ。でも、オレのが断然イイってすぐにわからせてあげるから」

 ちょい待て。

「ねぇ、ニナちゃん。オレのこと買ってよ。絶対後悔させないからさぁ」

 ちょっと待てぇええ!!

「S5!」

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