第43話 地下にある天国
バーベキューから日が経った。
本来なら、あれが最初で最後のバーベキューになる予定だったのだが、
(肉、いい効果あったのかな)
心なしかバーベキューの日以来、みんなが元気になった気がする。特に、ここに来たばかりの頃はおどおどしていたイスキロトムス型のイヴォンと、ドエディクルス型のゲイルの二人の表情が明るくなったように思えた。
(それにしても、絶景かな!)
今私は、地下のトレーニング施設で見学をしている。ムキムキのケモケモが、体を限界まで追い込みながら鍛え上げている光景は、とても素晴らしい。しかもほぼ全員、トレーニングショートパンツ一枚の半裸姿。
例外として半裸でないイギーとイヴォンはその技術を生かし、毎日ガンガンと設備をパワーアップしてくれている。誰かが壊してもすぐに修繕に入ってくれるのがありがたい。イギーの仕合を初めて見た際、テレポートしたのかと思うほどの俊敏さだったが、それは機械のメンテ作業にも生かされているようだ。二人の手元を一度覗いてみたが、何をどうしているのか私には分からない。まさに「目にも止まらぬ動き」だ。しかしちゃんと直ったり機能が上がっていることは、その器具を使う他のWBたちが証明してくれた。
「フッ……、フッ……」
ベンチプレスの所では、ダイアウルフ型のウォルドと飛行型――ペラゴルニスサンデルシ型(やっと覚えた)のヒースが、恐ろしい大きさのバーベルを持ち上げている。ウォルドはともかく飛行型に筋肉は要るのかと思ったけれど、自在に空を飛ぶためには胸筋を相当鍛えておかなければならないらしい。
他の皆もそれぞれ器具を使ったり、スクワットをしたりなどして自分の持ち味を鍛え、あるいは弱点をカバーするトレーニングをしていた。
マックスはと言えば、足の部分をかなり高くした台の上で腹筋を繰り返している。ここを覗きに来た時にはもう始めていたから、相当数やっているはずだ。獣毛越しにもわかる筋肉の作る陰影は、いくら眺めていても飽きない。実に素晴らしい。体から立ち上る湯気も良き。そう言えば昔、動物は汗をかかないと聞いたのだが、WBたちは違うようだ。そこは人間に寄せてあるのだろう。
「ニーナ」
一区切りついたのか、マックスが私の方へと歩み寄ってきた。
「こんなところで眺めていても、面白くはないだろう」
「最高」
私はにへぇと頬を緩ませる。
「ムキムキのケモのトレーニング光景をただで見られるなんて、ここは天国。お金払ってもいいくらい、尊い」
「……そうか」
言いながらマックスは、私の視界を遮るように前に回り込んでくる。
「なんで前に立つの?」
「なぜだろうな」
上半身を左右に傾け彼の背後を見ようと試みたが、すかさず妨害される。
「ケチ」
「皆を邪な目で見るな」
「いや、あのさ……」
私の視界を遮ろうとするマックス自身の姿も、ショートパンツ一丁なので、割と目のやり場に困るのだが。
「それにしても、よくこれだけ器具が揃ったね。新たに買い足したの? 結構かかったんじゃない?」
「いや、昔からあったものばかりだ」
「お金になるものは売り払ったって話だったけど?」
「全て壊れていたのだ。廃棄するにはかえって金がかかる状態だった」
なるほど、つまりここにある器具は全て粗大ごみ状態だった。それを使える状態にしてくれたイギーたち、本当にすごい。
「そこのお二方」
ウォルドがバーベルを下ろし、つかつかとこちらへ歩み寄ってくる。
「神聖なトレーニングの場でいちゃつかれては、皆の士気に関わります。私どもの目につかない場所まで移動していただけますか?」
「いちゃ!?」
「待て。俺たちはそんなことしていないぞ」
そこへイギーが紙片を手に近づいてくる。
「あ、マックス。休憩するならこれを外で買ってきてくれる?」
見れば、なにやら器具の部品名みたいなのが並んでいる。
「いや、俺はトレーニングを続け……」
「その部品、どうしても今必要なんだよね。じゃ、よろしく」
紙を押し付けられ、マックスはぐいぐいと背を押される。私と共に。
「え? 私もここから追い出すの?」
困惑する私に、イギーは悪戯っぽく笑う。
「ニーナさんも、一緒に行ってきてください。ウォーキングついでに、ね」
「全くあいつらめ」
マックスは執事服に着替え、私と共に道を歩く。
「私、そんなやばい目つきをしてたのかな」
「やばい目?」
「こう、視姦的するような邪な目」
「あー……」
あー、じゃない。
「この世界ってWBに対するハラスメント、法律で罰せられたりする?」
「そんな話は聞かない」
「そうなんだ。私らの世界ではロボハラなんて言葉もあったんだけど……。でもやっぱりみんな、セクハラだって感じたのかな。だから追い出されちゃったのかな。私はただ、ケモケモのムキムキの尊みを感じていただけなんだけど」
マックスが小声で「やれやれ」と呟く。
「なんだ、その尊いと言うのは」
「美しいとか、賞賛に値するとか、生まれて来てありがとうとか、一生推せるみたいな」
「……俺たちがか」
「そう!」
私は大きく頷く。
「最近はみんな、毛並みも艶々でしょ。ぐっと体に力込めた時の筋肉の筋に添って、獣毛の艶が動くの! それがもう、かっこよくて!」
「……」
「それからね、真剣な顔をしている時の目つきとか、口元から覗く牙とか! あぁ、野性っぽいなぁ、原始の滾りだなぁ、って」
「……そんなものが尊いのか」
半ば呆れたような、それでも柔らかい声色でマックスは返す。
「おかしなことを言う」
「おかしくない」
私はマックスの手に、自分の指を絡める。恋人繋ぎにすると、マックスの指が太いため、私の指の間がぐっと広げられる。ちょっと、足の指の間を広げるリラクゼーション
「私は、……WBたちが好き」
「そうか、だが」
マックスが身をかがめ、私に耳打ちする。
「出来ればその感情は、俺一人に向けてもらいたいものだ」
(びゃあ!?)
低く甘い、良すぎる声の不意打ちに鳥肌すら立つ。そして私のその反応を、マックスはすっかり慣れたのか、楽しんでいるようだった。
(一方的で悔しい)
そんなことを思いながら曲がり角まで来た時だった。
右方から来た人と、私はぶつかりそうになった。
「あっ、すみません」
マックスが庇ってくれたのもあり、辛くも衝突は避けられる。だが顔を上げ、相手の姿を確認した瞬間、私の顔は強張った。
(……え)
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