第42話 確かめ合う気持ち

(まぁ、この世界の素材は、私の世界のものと状況が変わってる可能性もあるからなぁ)

 この体は、肉を食べ慣れてる南雲新菜ではなく、病弱なニナのものだし。

「ではいただく」

 そう言ってマックスは大きく口を開く。

(おぉ……)

 鋭い牙、人のものより平たい舌がのぞく。そしてがぶりと噛みつくと、肉から赤みを帯びた汁があふれ出した。

「!」

 マックスが目を見開く。いくらかの咀嚼ののち飲み下し、驚いたようにぼそりと呟いた。

「……これは、旨い」

 口の周りについた脂をべろりと舐め取る。

「今まで食ったことのない旨さだ」

 おっ、と身を乗り出すみんなを押しとどめ、私はマックスに問う。

「中は焼けてる? 食べたとこ見せて」

 マックスが串をひっくり返し、嚙み切った肉の断面を見せてくれる。

(ふむ……。ステーキで言うところのレア、いや、ミディアムレアくらいかな?)

「いけるっぽい、みんなも食べよう」


 私の声を皮切りに、四方八方から串へ手が伸びる。匂いに惹きつけられ、一瞬口に運ぶのを躊躇し、そして肉をんだ後の驚きに見開く目。そして歓声。口元に浮かぶ満足そうな笑み。互いに目を見合わせ、うなずき、そして嬉しそうに次の一口に挑んだ。

(良かった)

 普段、暗い表情をしていることの多いゲイルやイヴォンまで、瞳に生気が宿っているのを確認し、ほっとする。

(肉には幸せ成分のセロトニンを増やす効果があるって聞いたことがあるしね。これで少しでも、気持ちが明るくなるといいなぁ)


 美味しさに納得した彼らは、食べながらも次の串をコンロへくべる。山盛りの串も、この調子ならあっという間になくなりそうだ。

「ほら、ニーナ。食い損ねるぞ」

 マックスが私の分に皿を添えて渡してくれる。

「ありがとう」

「汁を垂らして、服を汚さんようにな」

 マックス、世話焼きが過ぎて、お母さんになってませんかね?

「こっちだ。座るといい」

 さらに、折り畳み椅子を差し出してくる。バーベキューコンロなどを買う際に、一緒に購入したのだろうか。

「手際いいね」

「当然だ。俺はニナ様の執事だからな」


 その言葉に、私は口をつぐむ。すぐさま肉を口いっぱいに頬張り、自ら喋られないようにした。

「ニーナ」

 もぐもぐ。

「なぜそんな顔をする」

 もぐもぐ。

 そっぽを向いて肉を噛み続けていると、マックスが視界に回り込んでくる。そのタイミングでうっかり飲み込んでしまった。

「ニーナ。何を怒っている」

「……別に」

 私はもう一度肉にかぶりつく。今度は簡単に飲み込めないくらい大量に。

(どうせ、ニナ様はそんなに下品な食べ方しない、とか考えてるんでしょう。知るか)

 ほっぺを膨らませてもっくもっくと咀嚼していると、マックスは私から視線を逸らした。

「……ライアンの前でも、そのように大口を開けて食うのか」


 ……はい?


 口が止まる。まだ十分にこなれていない肉が喉の奥へと滑り込んでしまった。

「ふんぐっ!?」

「ニーナ!」

 肉を喉に詰め目を白黒させる私に、マックスが慌てて水を持ってくる。

「飲め! 流し込め!」

「んぐぐぐぐ!!」

 周囲のWBたちも異変に気付き、駆け寄ってくる。

「飲むより出した方がいい」

 ウォルドが背中をバンバン叩くが、痛いだけで肉は出てこない。

「ニーナをこっちに」

 マックスが私の背後に回り込み、密着する。後ろから抱えられ、鳩尾に添えられたこぶしがズンッと突き上げたのを感じた瞬間、喉から肉の塊が転げ落ちた。

「おぇ」

「大丈夫か、ニーナ」

 幾つもの顔が、心配そうに私を覗き込んでいる。

「お水、飲めます?」

 イギーの言葉と共に、イヴォンが水を差し出してくる。私はそれを受け取り、のどを潤した。

「あっぶない……」

 ヒースが嘴からため息を漏らす。

「わざわざ僕らを引き取っておきながら、野良にされてはたまらないよ」

「ヒース、この状況の我が主に対して笑えぬ冗談だ」


 一息ついたところで、コンロから焦げたにおいが漂ってくる。

「やばっ! 焼けすぎ! 燃えてる!」

「あ~、あ~、サルベージですぅ~」

 アルマジロ三人組が慌ててコンロから焼けた串を取り上げ、皿へと移した。

 背後から私を抱きかかえたままのマックスが口を開く。

「ニーナのことは俺に任せ、みんなは構わず続けてくれ。焦げるのも冷めてしまうのももったいない」


 WBたちがコンロの周囲に戻ったのを見はからい、マックスは深々とため息をついた。

「……驚いた」

 私の胴に回した彼の両腕に、力がこもった。

「心配させるな」

「……私に何かあると、みんなの拠り所がなくなるから?」

「そうじゃない」

 マックスは、私を背後から抱っこしたまま離さない。

「あの、手をそろそろ……」

「……全く」

「マックス?」

 さらにその腕に力がこもり、お腹周りが締め付けられる。

「くるし」

「お前に何かあれば、悲しむ者がいるだろう」

 マックスの声が一段低くなる。

「……ライアン、とか」

「あー……。そのことなんだけど」

 私は自分の胴にがっちり回された太い腕を、ぺちぺちと叩く。

「ライアンって、ゲームの中の、架空の存在だよ」

「……え?」

 頭上で、小さく息を飲む気配があった。買い出しの時、ゲーム売り場があるのを見たしマックスも理解していた。ならこの説明で伝わるだろう。

「だからライアンの前で私が大口開けるのは無理だし、ライアンが私を心配することもないよ。私の脳内ではいけるかもだけど」

「……架空、ゲーム」

 背後のマックスから、いくらかこわばりが抜けた。

「そうだよ」

 まだ私を離さないマックスの腕を、剥がそうと指をかける。

「だから私の場合、マックスにとってニナが一番なのと少し違うんだよ」

「そんなことはない!」

 背後から突然吠えられ、私はぎょっと身をすくめる。

「ない、って何が?」

 振り返ってマックスの顔を見ようとしたが、しっかり捕まえられてて視界に顔が入ってこない。

「ニナ様は、……俺にとって大切な方だ。それは間違いない」

「あっ、はい」

 抵抗を諦め、私はだらりと体を預ける。それと相反するように、私の背に触れるマックスが身を固くする。

「俺のニナ様への忠誠心、そして責任は揺るがない。だが、好ましいと、いつまでも共にいたいと思う相手は……」

 マックスの鼻先が、私の髪に埋められる。そして、低く掠れた声が続いた。

「……ニーナだ」

(へ?)

 伝えられた言葉を、即座に脳が処理できない。私は硬直したまま、マックスの腕にぶら下がっている。

(マックスが、私のこと、……え?)

 マックスの腕が動き、私は強引にマックスの方へ向くようひっくり返される。

「ニーナ」

「……」

 言葉が出ない。けれど自分の頬と耳が燃えるように熱くなっているのだけは感じていた。蒼い瞳が私を静かに見下ろしている。返事を待つように。

「わ、たしは……」

 口が強張って動かない。全身が小刻みに震えている。私は両手で顔を覆い、呻くような声を出すことしかできなかった。

「同じ、だから、嬉しい……」

 マックスの私をそっと抱き寄せる。顔は見えないけど、額に温かい吐息がかかり、獣毛に覆われた口元が優しく触れたのを感じた。


 多分、他もWBも見ていたのだろう。たくさんの視線を感じ取りながら、私はしばらく顔から手を離せずにいた。

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