第40話 二人で買い出し

 庭には、アルマジロのようなワーブルートが二人並んでいた。彼らの手元には植物の苗のポッドがいくつも置いてある。

(上から見ると、二人の尻尾がよく見えるなぁ。可愛い)

 彼らの尻尾は、にょーんと伸びた先が丸くなっていて、そこに数多のトゲトゲが生えている。ちょうどモーニングスターと言う武器のようだ。

 それのどこが可愛いのかって? 可愛いでしょ、モーニングスター。

 よく目を凝らせば、地面の一部が耕されたように色を変えている。そしてアルマジロっぽい二人の尻尾は、土にまみれていた。

(あのトゲトゲ尻尾で掘ったのかな?)


 一階に降りベランダへ出ると、先ほど上から見たのと同じようにマックスと、アルマジロっぽいWBが二人いた。正確にはアルマジロじゃなくて、ドエ……なんとか型って聞いたけど。

「ニーナ、起きたか。もう休んでいなくていいのか?」

「寝てばかりいたら、どんどん体が弱るからね」

 私はアルマジロ君たちへ目をやる。

「何をしてたの?」

「わぁ~、ニーナさぁん~。おはよぉございますぅ~」

 一人がおっとりとした口調で、ふんわりと返してくる。

(確かこの特徴ある口調で話す子は、テトスだ。それから……)

 もう一人に目をやると、そちらは私から顔を背けテトスの陰に隠れてしまった。

「おはよう、ゲイル」

「……ざいます」

 消え入るような声で、何とか返してくれる。

 イギーから聞いた話によれば、このゲイルもツィヴの元ではベイト――つまり他のWBのトレーニングのための生けるサンドバッグとして扱われていたらしい。固い甲皮がダメージを軽減するため耐久力が高く、そこが狙われたようだ。それゆえに、すっかり人に対して心を閉ざしてしまったとのことだ。

「ゲイル」

 私が名前を呼ぶと彼はびくりと身をすくめ、ますますテトスの陰に隠れてしまう。

(えっと……)

 彼らは私よりも大きく二メートル近い体格をしている。しかも、全身固い甲皮に覆われていて、私が彼に何かできるとも思えない。

「多分、あなたの尻尾の一振りで、私なんて簡単に吹っ飛ばせるから、怯えなくても大丈夫だよ」

「なんてことを言うんだ、ニーナ!」

 マックスが慌てて割って入ってくる。

「そのお体は……」

「はいはい、ニナ様のものだから大事にしろって言うんでしょう。物の例えだってば」

「分かっているなら、迂闊なことを口にするな」

「で、みんなで何の話してたの?」

 私は庭を見回し、テトスたちの手元を見る。

「庭に何か植えてくれようとしたの?」

「はいぃ~」

 テトスがニコニコと苗ポッドを手に取る。

「お庭が殺風景になってしまいましたからぁ~、ゲイルと一緒にお花を植えようと思ったんですよぉ~。でもぉ~」

「でも?」

「マックスにぃ~、止められてしまいましてぇ~」

 私がマックスを振り返ると、彼は腰に手を当てた。

「お前が前に言っただろう。花を植える前に、ここで肉を焼きたいと」

「……バーベキューのこと?」

「それだ。花が咲いていない今しかないと」

「覚えていてくれたんだ……」

 あんなたわいもない雑談、軽く聞き流してくれてよかったのに。

「お前が望むのなら、それを叶えるのが俺の……、俺たちの役目だろうからな」

 約束をしたわけでもないし、この世界では調理自体が家庭単位でするものではないのに。

(覚えていてくれたんだ、私との会話……)

 胸の奥が、ふわっと温かくなった。

「それでニーナ。二人の買ってきた苗は傷まぬうちに植えてしまいたい。バーベキューとやらは本日行おうと思うのだが、どうだ……」

「賛成!」

 私が食い気味に答えると、マックスは軽く目を見開いた。

「そんなに肉が食いたかったのか?」

「ううん、マックスたちが肉をがつがつ食べるところが見たい!」

「……なんだそれは」

 こぶしの甲を口元に当て、マックスは笑う。

「必要なものはなんだ。買いに行かねばならんだろう」



 マックスと共に街へ繰り出す。家庭ごとに調理する習慣は無くなっても、キャンプのような趣味はこの世界にも残っていたようだ。アウトドアショップで道具は揃えられた。

「あっ、しまった」

「どうしたニーナ」

「ほら、これ」

 私はクラシックなドレスをつまんで見せる。

「バーベキューって肉の煙とか脂のにおいが服につくから、このドレスでするのはさすがにまずいよね」

「確かに、まずいな」

「でしょ。もう少しラフな服を買いたいんだけど」


 服の売り場に移動すると、デニムパンツやカットソー、チュニックなど、南雲新菜として過ごしていた頃の服に近いものが並んでいた。

「ちゃんとあるんだ、こういうの!」

 思い返せば、街中を歩く人たちも似た姿をしていた。

 ドレスは素敵だが、正直重いし、身動きがとりづらい。ひらひらした袖をスープに突っ込みそうになって、何度マックスから注意されたことか。

 私は試着室でカットソーとホットパンツを身に着ける。

(あー、このラフさ! 久しぶり!)

 開放感がたまらない。

「マックス、これ、どう?」

 私がカーテンを開いて声を掛ける。

 マックスはこちらを振り返り、目をひん剥いて固まった。

「マックス?」

 硬直したマックスに近寄ろうと、試着室から足を踏み出そうとした時だった。

「そこから出るなぁあ!」

 マックスは襲い掛かるような動きで、私を試着室へと押し込む。

「え、ちょ、何!?」

「その恰好で出るな!」

「その恰好って……」

「脚が! 脚が出ているだろう!」

 なにそれ!?

「街中で、これに似た格好で歩いてる人、普通に見たよ?」

「それは庶民だから許されるんだ! ニナ様はそんな格好をしない!」

 面倒くさいオタクみたいなこと言い出した。

「でも、ニナの上品なドレスに脂のシミを付けるわけにはいかないでしょう?」

「それはそうだが。もう少し脚を隠せる服もあるだろう」

 それはそう。けれど、長期間ドレスで過ごしていた反動か、この開放感が心地よい。

「これでいいよ。布地が少ない分安いし」

「だめだ。どうしてもそれを買うと言うなら、俺は金を出さん」

 保護者みたいなこと言い出した。

「第一、火を扱うのだろう。そんなに剥き出しでは、やけどをする危険性が出てくる」

 それは確かに。

「俺が選ぶ。いいな、そこから出るな」

「えー……」

 マックスが持ってきたのは、落ち着いた色合いのクロップドパンツだった。

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