第38話 通路からの視線

 私は、ステージの中央へ目をやる。普段紳士的な振る舞いが特徴的なウォルドが、剣闘士のいで立ちになると、そのギャップにドキッとさせられる。見た目はディルクとほぼ同じなのに、醸し出す雰囲気がやはり礼儀正しい。

「ウォルドー!!」

 観覧席から、野太い怒鳴り声が飛び出した。

「オーナーが変わったからって、マクシミリアンみたいなぬるい仕合しやがったら許さねぇぞ!!」

 客たちの間から、笑い声が漏れる。

「そうだ! ディルクくらいちゃんとやれ!」

「マクシミリアンのように腑抜けてないことを証明して!!」

 そこにあの調子乗りのアナウンサーまでかぶせてくる。

『さぁ! 先日ツィヴ氏の所からニナ嬢の元へ移籍をいたしました、ウォルド! 今回が移籍後初の仕合となります! ダイアウルフ型の誇りはいまだ健在か!? それともマクシミリアン同様、牙は抜かれてしまったか!? それはこの仕合で証明するしかありません!』

 さざめく笑いが癇に障る。

「マックスは……!」

 思わず腰を浮かしかけたのを、大きな手が抑えた。

「マックス」

「いい」

「だってあの人たち、さっきからマックスをあてこすってばかりで……!」

「言わせておけ」

 モヤモヤとした気持ちを抱えながら、私は席に座り直す。

(そうだよ、マックスは別に弱くなったわけじゃないんだ。ただ……)

 マックスが誰かを殺すのを見たくないって私が思ったから。彼はそれを察して、私のために映えないな勝ち方をあえて選んでくれている。

「……私のせいなのに、全部」

「違う」

「でも、私の気持ちを汲んでくれたおかげで、マックスがみんなから馬鹿にされて……!」

「冷静になれ」

 マックスは私を穏やかな目で見つめていた。

「あの勝ち方を選ぶ限り、俺に賭ける人間は増えん。そこで勝利すれば、こちらに高額の金が入ってくる。ツィヴから仲間を買い上げるための金を、着実に稼ぐことを第一に考えれば、謗られることなど大した問題ではない」

「そうだけど、マックスの名誉が……」

「俺の名はニーナに預けている。ニーナが俺の力を認め信じていてくれるなら、誰が何を言おうと気にしない」

(マックス……)

「さて、ウォルドは勝利したようだな」

「えっ!?」

 私は慌ててステージに目をやる。ウォルドの足元には豹のようなワーブルートが倒れていた。ウォルドは恭しく観客に礼をして見せている。観客席からは歓声が湧きあがっていた。と言うことは、観客が納得するような仕合をしたということだろうか。

「ちょ、まずい! 私、マックスとしゃべってばかりで、全然見てなかった」

「ふふ」

「笑い事じゃないよ! ウォルドに悪いことしちゃった。せっかく頑張ってくれたのに」

 ウォルドが私を真っ直ぐに見上げ、誇らしげに一礼する。私は笑って返したものの、内心冷汗をかいていた。

「どうしよう、ウォルドに後で感想聞かれたら。全然見てなかった。でも、さっき入場してきたばかりだったよね? こんなに瞬殺なことある?」

「ウォルドも元々実力は申し分ない。なにせ、クモイ社製だからな」

 マックスが誇らしげに微笑む。

「奴がBクラスに甘んじているのは、出場の機会を与えられず、勝ち星を挙げられなかったためだ。実力で言えばAクラスが順当だろう。ディルク同様Sクラスでもおかしくない」

「出場させてもらえなかった?」

「前にも説明したが、ツィヴは多くのWBを所有しているため、あらかじめ観客の人気投票で、出場させるWBを決めている」

 あぁ、そんなことを言っていた。

「奴は血腥い仕合で人気を集めるディルクと同型だ。となると、ウォルドのスマートな戦い方は、どうしても見劣りがしてしまう。結果、同じダイアウルフならディルクがいいとの意見が多くなり、ウォルドは出場の機会が与えられなかったと俺は見ている」

 なるほど。

「じゃあ、ウォルドもマックス同様、今のランクなら楽勝ってこと?」

「油断さえしなければな。あと、ツィヴが不公平な試合を組まなければ、だ」

 そうだよ、それがあったよ。本当にあの人、いやな対戦カード出してくるから。

(みんなを救い出すまで、平穏に稼げますように!)

 心の中で手を合わせると、マックスが先に立って歩きだす。

「ウォルドを迎えに行くか」

「あっ、私も!」

 退場口から通路へと進んでいくマックスの後を、私は慌てて追った。


 この日は、マックス、ウォルド、ヴィンセントと順調に勝ちぬけた。受付へ行き、配当金を受け取る。

(まだ、Sクラスを引き取れる額にはほど遠いけど)

 このまま地道に続けていけばきっと。

 頼りがいのある三人の顔を見て、私はそう思った。


 売出しの檻が並ぶ通路へ出た時だった。

「……ニナ・クモイだ」

(えっ?)

 どこからともなく、私の名を呼ぶ声が聞こえた。私は辺りを見回しぎょっとなる。

 連なる檻の中から、いくつもの目がこちらを向いていた。

(何……?)

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