第37話 マクシミリアンへの信頼
その日は、闘技場にエントリーしていた。
マックスの相手はトカゲに似た
いつものように剣の刀身をぶつけ合い、澄んだ音と共に仕合が始まる。と同時に、トカゲ獣人の丸太のように太い尾が、うなりを上げてマックスに襲い掛かった。
(回し蹴りみたい)
しかしマックスはジャンプで避けるとその尾へ着地する。尾を踏みつけつけられたトカゲ獣人の背に、マックスの剣の柄が襲い掛かった。
「くそっ!」
渾身の力で身をよじり、尾の上からマックスを振り払うトカゲ獣人。足元を崩すことを狙ったのだろうが、マックスは余裕で着地し、すぐさま剣を対戦相手へ叩き付ける。メガラニア型の盾がそれを防いだ。
金属を叩きつけ合う重い音が、闘技場に繰り返される。
ガチッ!
ふいにトカゲ獣人の鋭い歯が、マックスの剣を持った側の腕を狙った。マックスは盾で防ぎ、素早く距離を置く。
『おーっと、空振り! これは残念っ!』
アナウンサーが楽しげな声を上げる。
情報によれば、このメガラニア型WBの牙には毒があるそうだ。血の凝固を防ぐ作用があり、まともに噛まれれば、ちゃんとした治療を受けるまで血が止まらなくなる。なので、食らい続けた相手は、戦いの最中に血が足りなくなり動けなくなってしまう。
(噛み技、許されるんだ……)
剣戟の間に、メガラニア型の大きな口が音を立てて閉まるのを見るたび、背筋がビリッとして肌が粟立つ。
私の知る格闘技では、噛み技は反則だ。けれど,絶滅動物の姿を模したWBたちにとっては、これも戦い方の特徴の一つなのだろう。
(だけど、きっと大丈夫。マックスは強い)
本来Sランク、あるいはSSランクにいるはずの彼は、戦闘を放棄し続けた結果、今のCランクまで落ちている。だが幾度も彼の戦う姿を目にするうち、私は確固たる信頼を抱くようになっていた。
(彼なら勝つ)
マックスは危うげなく盾でメガラニア型の牙を防ぎ、そして隙を見て背後に回るとその胴に足を絡みつかせ、太い首を両腕で締め上げた。観覧席からブーイングの嵐が降り注ぐ。マックスの地味な勝ち方は彼らの好みではない。
「いいから脳天叩き割れよ!」
「首を落しなさい!」
(わぁお)
古風な服装の「上流階級様」が放つ言葉に辟易する。この場にいる間は、彼らも人としての品性をかなぐり捨て、一匹の獣となるのだろうか。
(まぁ、これはこれで助かってるんだけど)
Cランクの戦いにおいて、マックスが勝利するのはほぼ約束されているようなものだ。なのに、未だにマックスの勝利に賭ける人は少数派である。彼らは確実で地味な勝利より、自分を熱狂させ血まみれの勝利を収めてくれる対戦相手に賭けたがる。たとえ可能性が低いとしても。結果、私たちへの配当金は高くなった。
「お疲れ様」
勝利を収めたマックスに、私は駆け寄る。その体からはほんのりと湯気が立ち、頭の奥を痺れさせるような野性味ある芳香を放っていた。背後からはブーイングが追ってくるが、もう慣れてしまった。知ったことじゃない。
私は彼の体を丁寧に改める。
「どうした」
「傷、どこかにないかと思って」
あのトカゲ獣人の牙を食らえば、ちゃんとした治療を受けるまで血が流れ続けると聞いた。もし擦り傷でもあれば、すぐに医務室に連れて行かねばならない。
「ない。大丈夫だ」
「マックスから見えにくい場所に出来ているかもしれないでしょ? ほら、見せて」
マックスは大人しく私のするがままに任せる。下ろした両腕を軽く開き、チェックしやすいポーズを取って。私は獣毛をかき分けながら、目を皿のようにして肌に傷がないか確認した。
「……気は済んだか」
「うん、大丈夫っぽい。……良かった」
私がほっと息をつきポフポフと背を叩くと、マックスは柔らかに目を細める。そして私の頬に大きな手を添えようとして、その動きを止めた。
「着替えてくる。今夜はこの後、Bランクでウォルド、Aランクでヴィンセントの仕合があるからな」
「うん、長丁場になるね。オーナー席で待ってる」
ウォルドの仕合が始まる頃、マックスは着替えて戻って来た。相変わらず私の側で直立不動になる彼に、椅子を勧めたがやはり拒絶される。
「前にも言っただろう」
マックスは眉間にしわを寄せる。
「この席に座るWBは、愛玩物のみだ。ニナ様がそういう趣味だと周囲に誤解させる気か」
(また『ニナ』)
少しむっとした。
立ったままでは疲れるだろうと、気を使って椅子を勧めたのに、気にするのはニナの世間体なんだ。私の気持ちなんかどうでもよくて。ちょっと意地悪をしたくなる。
「いいじゃない、もう、愛玩物ってことにしちゃえば」
「ニーナ」
「私は全然かまわない。マックスと私がそういう関係だと思われても」
むくれてそっぽを向いてやる。すぐさま怖い声で「お前が良くてもニナ様が」なんて、説教が始まると思ったのだが。
(あれ?)
何も言ってこない。ため息も聞こえない。私は横目でマックスをうかがう。
(え?)
マックスの表情は、酷く愁いを帯びていた。
「……マックs」
「ニーナ」
「!」
「そんなことを、軽々しく言うな。……本気にしたらどうする」
(え?)
体に電流が走ったように、ビリッと痺れる。ワンテンポ遅れて、頬がじわりと熱くなった。
(いや、え? 今のどういう意味?)
私は両手で頬を抑え込む。
(本気にしたらどうする、って、本気になっちゃう可能性があるってこと? マックスが、私に?)
その時ドレスの袖がスルリと下がり、腕の傷が視界に入った。刹那、胸の奥がキュッと沁みた。
(そうだ、この体はニナのもの。マックスが一番大切にしてるのはニナなんだから、ニナの顔であんなこと言ったら、そりゃ複雑な気持ちになるよね……)
膨らんだ気持ちが一気にしぼむ。重いため息が口から漏れた。
「ニーナ」
「……何」
「ウォルドが出て来た」
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