第36話 幻のような存在
「とはいえ、やはり
あぁ、確かに! 一番安いので二百万するからね、WBは。てことはあれかな、こうして二人を連れて歩いてる私って、周りから見れば「あの人ベンツ乗ってる!」みたいな感じなのだろうか。それなら道行く人が振り返っていたのも理解できる。
「じゃあ、WBの皆も外に出られるんだね。良かった」
彼らの大きさに対し、あの屋敷はやはり狭い。たまには外に出て気分転換でもしてもらおうと思ったのだが。
「ただし、証明書を持たぬ状態で路上生活を続ければ、処分場送りになるが、な」
マックスの言葉にヒュッとなる。
(ちょっと待って、怖い!)
私は二人の手をぎゅっと握った。
「絶対に証明書なくさないでよ。なくした時はすぐに家に戻って来ること。見つかるまで外でウロウロ探す、なんてのは絶対禁止!」
私の言葉へ、二人はそっと握り返すことで応えてくれた。
ドームのある建物に近づくと、入り口に『医療科学博物館』『プラネタリウム』『美術館』の表記があった。
「医療科学博物館?」
「はい。ツィヴ氏が戦後一気に業績を伸ばしたのは、この分野に力を入れたからなのです。それについて、子どもにもわかりやすいよう説明しているのが、この医療科学博物館です」
「そうなんだ……」
マックスが渋い顔つきとなる。
「……ゆえに、ツィヴはこの地域の名士と認識されている」
ツィヴが名士!?
「ちょ、ツィヴが名士ってどういうこと? あいつ、WBを虐待しムグッ」
マックスの大きな手が、私の口を塞ぐ。
「大声を出すな」
てのひらの面積が広いので、口どころか顔全体覆ってしまっているが。
「そうですねぇ、私どもが口で説明するより実際に見ていただいた方が早いでしょうか」
「……そうだな。あいつ所有の施設に金を落としたくはないが」
「マックス、ニーナ嬢が苦しそうなので、そろそろ手を離して差し上げては?」
「っと、すまん。大丈夫かニーナ」
マックスの手が顔から離れて、一気に息苦しさがなくなる。いや、まぁ隙間があったし、それほど苦しくなかったけどね。肉球と獣毛スンスンして楽しんでたけどね。
私たちは『医療科学博物館』へと入る。受付の人が、私たちを見て物言いたげな視線を送ってきたが、あえてスルーした。
「わ……」
中はクローン技術に関する歴史が、分かりやすく説明されていた。ウニ、カエル、コイ、そして……。
(羊……)
私のいた世界でも、初めての哺乳類クローンは羊のドリーだった。こういうのは似通るものなのだろうか。
中盤エリアに差し掛かると、そこはWBについて記述された場所となっていた。クモイ社の名前もある。けれど、その文章はとても好意的なものとは思えなかった。戦争のためにWBを生み出した野蛮で冷酷な企業、と言った内容が丁寧な言葉で記されている。予測はしていたが。
そしてラストのエリアには、戦後におけるツィヴの輝かしい業績がこれでもかと語られていた。WBを作成した際に培った技術を民間転用し、医療の発展に貢献している素晴らしい企業だと。
(……確かに)
ここに書かれていることをツィヴが全て行ったなら、彼は間違いなくすごい人だ。体の一部を欠損した人のため、本物と遜色ない生体パーツを作り上げ、人々を救っているのだから。人望を集めているのも頷ける。この展示を見て育った子どもは、ツィヴに尊敬の意すら抱き、この企業に勤めることを目標にもするだろう。
(だからって……)
地下闘技場で殺し合うWBや、額に焼き印を押されたディルク、それらを見ながら彼が浮かべていた歪んだ笑みを思い出す。
「彼が慈愛に満ちた人だとは、到底思えない」
ロビーで飲み物をいただきつつ一息つき、次に私は図書館へと向かった。
(中は、私の知ってる図書館と大体同じだな)
全て電子データにされていたりして、なんて想像しつつ足を踏み入れたが、紙の束に直接触れてめくる心地よさは、この世界の人も大切にしているのだろう。
棚の間をゆっくりと見て回る。ふと、一つの分厚い書籍が目についた。
「『絶滅動物図鑑』……」
ずっしりと重みのあるそれをマックスに頼んで取り出させ、テーブルへと運んでもらう。そしてページをめくり、ある文字が目に入った瞬間、私は小さく息を飲んだ。
「マカイロドゥス……」
そこにはライオンに似た姿の動物が描かれていた。ライオンよりも細面で、
(えっ、じゃあ……)
イギーの型名を一生懸命思い出す。
(確か、イスキロ……イスキロなんだっけ?)
途中までしか思い出せなかったが、索引を探せば「イスキロトムス」の文字が見つかる。そしてそこに記されてるページをめくれば、小顔でくりくりとした目の、重たげな尻尾を持ったリスのような生き物が紹介されていた。まさにイギーのイメージの。
私は二人を振り返る。
「これって……」
「えぇ、御想像の通りです」
言いながら、ウォルドがページをめくる。そこに現れた『ダイアウルフ』の姿は、ウォルドやディルクの顔立ちそのものだった。
「我らWBは、すでに絶滅した動物をモチーフに作られています」
「なぜ、そんなことを……」
「戦争に使用する際、人々が少しでも罪悪感を覚えずに済むようにしたのでしょうね。あれは人ではない、しかも自分たちが愛し保護をしている動物たちとも似ていない。現存しない、本来ならこの世界からとっくに去った生物に似た物。ならば消えてもなんてことはない。……そんな醜悪な頓智をきかせたのでしょう」
私は大きく息をつく。
(一度消えた生物をモチーフに生み出しておきながら、消耗品として扱うなんて)
ツィヴへの怒りが湧いたが、それはすぐに間違いだと気付く。マカイロドゥス型やイスキロトムス型、ダイアウルフ型はクモイ社製だ。つまりニナの祖父が作り上げたことになる。そして他の型も、それぞれの会社が……。
私は立ちあがり、二人を抱きしめる。実のところ、二人の大きな体に腕が回るわけがなく、両手を広げて貼りつくような姿になったわけだが。
「……絶対に、なくさない」
こんなに逞しい体なのに、儚く消えてしまいそうで、私はいっぱいに伸ばした両手に力を込める。
「あなたたちを、私は絶対に手放さない!」
「ニーナ……」
温かく大きな手が、頭の後ろと背中へ触れる。
そこには間違いなく、命のぬくもりがあった。
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