第35話 あの建物の昼と夜

「そう言えば気になってたんだけど」

 昼食は皆と一緒に食堂で終えた後、私は口を開く。

「夜中に闘技場になってるドーム状の建物、あれ、周囲の人は気にしてないの?」

 地下闘技場で行われているワーブルートの死闘は非合法で、都市伝説程度にしか知られていないものだと聞かされた。けれど町の中心地に、あれだけ目立つ得体のしれない建物があれば、皆は不審に思うはずだ。この中では一体何が行なわれているのだろうと。

 けれどその疑問に思わぬ答えが返ってきた

「あそこは、図書館、です……」

「えっ!?」

 私は声のした方を見る。イギーの隣で、彼そっくりなもう一人のWBが、びくりと身をすくめた。名前は確かイヴォン。

「イヴォン、あのドームって図書館なの?」

「あぅ、ドームは図書館じゃなくて……」

「えっ? でも今イヴォンが……」

 イヴォンは怯えたように、イギーの陰に隠れてしまった。

「ドームの所は、プラネタリウムですよ、ニーナさん」

 イギーが代わって言葉を続ける。

「プラネタリウム?」

「はい。あの敷地内は文化施設になってるんです。図書館やプラネタリウム、他に医療科学博物館や美術館などがあるんですよ」

「えぇ!?」

 地下ではあんな血腥い催しが行われているのに?

「……ちょっと見に行ってこようかな」

「ニーナ」

 マックスが厳めしい声を出す。

「ニナ様のお体が大変デリケートなのは知っているだろう。昨日倒れて、今朝目覚めたばかりなのを忘れたか」

「うん。しっかり寝たから、今は大丈夫っぽい」

「大丈夫なわけがあるか。前から言っているだろう、そのお体は丁重に扱えと」

 その時、がたっと椅子が鳴った。

「ニーナ嬢がお望みであれば、私がご案内しましょう」

 そう言って近づいてきたのは、ディルクにそっくりなダイアウルフ型WBだ。名前はウォルド。見た目があのオラオラ系のディルクそっくりなのに、物腰が紳士的なので脳がバグる。

「あ、ありがとうウォルド」

「いえ、礼には及びません。むしろ」

 ウォルドの青灰色の眼が、ちらりとマックスを見る。

「ニナ様に絶対服従を貫いていた彼が、あなたの意を汲まないのが、不思議でなりません」

「当然だ」

 マックスがすぐさま反論する。

「今のニナ様は、お体こそニナ様だが、中身はニーナと言う別人格だ。ニナ様のお体を害する行動を取るニーナの意見を聞きいれるわけにはいかん」

「さ、ご案内しますよ、ニーナ嬢」

 マックスの言葉をまるっと無視して、ウォルドが私に手を差し出してくる。乙女ゲーのイベントスチルのようだ。

「今日は風も気持ちいい。適度なお散歩をするにはちょうどいいでしょう。疲れた際は、私にお命じください。すぐにあなたを抱いてこの屋敷に戻りますので」

 えぇえ、何このイケ獣! 気品のある騎士ナイト系!?

 それなのに体はムキムキモフモフなんて、反則が過ぎませんか? ねぇ!

「ありがとう。ウォルド」

 私が彼のてのひらへ自らの手を滑り込ませると、肉球に包まれるぷにっとした感触がある。

「ではご案内いたします。どうぞこちらへ」

 ウォルドに手を引かれ、食堂を出ようとした時だった。

「待て」

 背後から耳慣れた低い声が届く。

「俺も同行する」

 靴音を鳴らしながら、マックスがこちらに迫ってくる。

「え? いいよ、マックス。ウォルドについて来てもらうから」

「そうですよ、マックス。貴殿は地下でトレーニングでも……」

「俺がニナ様の側から離れるわけにはいかん」

 そう言いながら、ウォルドに重ねたのと逆側の私の手をマックスは掴む。

(何!?)

「……行くのだろう、ニーナ」

「お、おぅ……」

 ウォルドが呆れたようにため息をついた。

「面倒くさい方ですね、貴殿も」




 両手にケモケモ状態で、私たちは往来を進む。

(目立ってる……!)

 前にも述べた通り、別邸から一歩外に出れば、私の元居た世界よりもさらに科学的イメージの強い街並みが続いているのだ。人々の服も、光景に相応しいものとなっている。そこを行く、ほぼコスプレイヤー状態の古風なドレス姿の私。しかもびしっとした黒ジャケットを身に着けたイケ獣に両脇を固められて。

 道行く人が振り返る。元の世界なら、あちこちからスマホで撮影されていたかもしれない。


 いつもの闘技場への道筋と、少し違うルートへ私は誘導される。

 そして敷地内に足を踏み入れた瞬間、感嘆の声が思わず漏れた。

「わぁ、きれい……」

 そこは整備された公園だった。

 小径の左手には人工の川が流れ、清らかな水が光を反射している。そこには足を浸し遊ぶ子どもたちの姿もあった。右手には青々とした芝生の丘が遠くまで連なり、のんびりとピクニックをしている人の姿が点々と見えた。

 曲がりくねった小径を進むと、やがて落ち着いた色合いのレンガが敷かれた場所に辿り着く。左手にあるのがいつものドームだろう。青空の下で見る建物は、柔らかな翡翠色をしていた。穏やかな陽射し、どこからともなく聞こえてくる小鳥の声。平和そのものと言った光景だ。

(この美しい建物の下で、WBたちが命をやり取りするショーが行われてるなんて、確かに思えない……)

 都市伝説程度にしか知られていないと言うのも、納得がいった。例えるなら「学校の地下に秘密の空間があって、そこで夜な夜な怪しい実験が行われている」と聞かされるようなものかもしれない。


「あっ。ねぇ、ウォルド」

「いかがいたしましたか、ニーナ嬢?」

「今更だけど、WBって外を出歩いていていいの?」

「とおっしゃいますと?」

 ここへ来るまでの道すがら、私たちへ投げかけられたいくつもの視線を思い出す。

「ほら、地下のアレは都市伝説みたいなものなんでしょう? なら、こんな人目につく場所をWBが堂々と歩いていても大丈夫なのかなぁ、って」

「問題ない」

 マックスが割って入ってくる。

「所有者が誰であるかを記した証明書を持ち歩いていれば、特に咎められることはない。我々は戦争用に生み出された存在ではあるが、使用人として再利用されている者もいる」

 再利用……。

「現に俺は一人で幾度も外出し、食料や生活用品を調達している」

 そう言われればそうだった。





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