第33話 最重要課題、「休め」

 食後、彼らはめいめいに働き始める。洗い物をしたり洗濯をしたり掃除をしたり。

 一人ボサッとしているのもしのびなく、私も何かしようとしたのだが、それは全員から止められてしまった。

「なんで? 私も仲間って話だったでしょ?」

 と、抗議したのだが、

「その体は、病弱なニナ様のものだ」

 と言うのが全員一致の言い分だった。

「えー、でも、みんなを働かせて私だけダラダラしてるの申し訳ないし」

 ぶちぶちと抵抗する私の前に、腕組みをしたマックスが立つ。ズゴゴゴと威圧オーラを放って。

「ニーナ、もしもお前が無理をして倒れたら、そしてニナ様のお体に最悪の事態が起きたらどうする?」

「どうなるの?」

「俺たちのオーナーがいなくなる」

(あ!)

 そうか、オーナーである私に何かあれば、WBである彼らはいわゆる『野良』になってしまい、処分場に送り込まれたり、再びツィヴの元に引き取られる可能性があるのだ。

「それは、まずいよね……」

「理解したか」

「うん」

「ならば部屋へ戻り、体を休ませろ。それがお前の最も重要な仕事だ」

 休むことが最も重要な仕事、か。ちょっとため息が出る。

 スマホやゲーム機があれば、ベッドの上でいくらでも時間潰せるんだけど。むしろ、延々と遊んでいられるんだけど。ここにはそれがないみたいだし……。

「せめて話し相手でもいてくれたらなぁ」

「話し相手か。ならば……」

 辺りを見回したマックスに、イギーが笑いかけた。

「それはマックスの役目でしょ」

「俺か?」

 困惑した様子のマックスに、イギーは頷いて見せる。

「ニナ様の側、それからニーナさんの側にいる時間が一番長いのはマックスだしね」

 他の皆もうんうんと頷く。

「しかし俺は、この家を取り仕切る者として皆に指示を……」

「ボクが代わりにやっておくし、分からなくなったら聞きに行くよ。じゃあ、よろしくね」


 私はマックスと共に寝室へと戻る。階下からは、楽し気に仕事をするWBたちの声が漏れ聞こえて来た。

「ほら、寝ろ」

 半ば強引にベッドに寝かされてしまう。今日は眩暈を起こしていないし、熱も出ていないから、少し大げさな気もする。

「こんな生活してたら、太っちゃうよ」

 ぼやいた私を、マックスがじっと見つめる。

「……何?」

「確かに、この辺が」

 マックスのもちっとした肉球が私の頬へ触れた。

「少し、ふっくらしてきたな」

(うぎゃあぁああー!!)

 私は布団を頭の上まで引っ張り上げる。

「どうした、ニーナ」

「太った? 私、太ったってこと? 顔に肉ついた!?」

「いや」

「マックスのデリカシーなし! 意地悪―! ルッキズム―!」

「丸みを帯びたフォルムになったと言っている」

「だからそれが、太ったってことでしょー!?」

 私が布団の中でぎゃんぎゃん喚いていると、何やらゴトゴトとモノを動かす音が聞こえて来た。

「ニーナ」

「なに!」

「布団から顔を出して、見てみろ」

 渋々ながら、私は言われた通り布団から顔をのぞかせる。目の前には鏡があった。ベッドのそばにあった姿身を、マックスが私の上へ持ち上げていた。

「見えるか」

 鏡の中に、横たわったままの私が映っている。

「あれだけ痩せこけていた頬が丸みを帯び、青白かった顔色も良くなってきている」

 彼の言う通りだ。元々幽鬼のごとくやせ細っていたニナの体へ、少しずつ生命力が通い始めたように見える。

「お前のおかげだ、ニーナ。お前が食事をして、体を動かしてくれたおかげでニナ様は元気になれる」

「……はは」

 胸の奥が少し痛む。マックスが大切にしているのは、やはりこの体がニナだからなんだろうか。闘技場で、私に嫌な思いをさせないためにテンカウントで勝利したのも、悲しんでいるのがニナの姿だったからだろうか。

 ちょっと面白くなくて、私は再び布団に顔を埋める。

「どうした、ニーナ。気分が悪いのか?」

「……別に」

 ゴトンと、鏡が床に戻される音がした。

「お前が眠りたいなら、俺はここを離れるが」

 すかさず私は布団から手を出し、マックスのジャケットを掴む。

「なんだ、これは」

「……」

 マックスのニナ語りは面白くない。でも、マックスにこの部屋から出て行ってほしくない。私は無言で、ジャケットを掴む指に力を込める。

「……ふっ」

 ん? 今、マックス笑った? 笑うところあったか?

「せっかくの機会だ。ニーナ、聞きたいことがあれば話すぞ」

 聞きたいこと?

「ここへ来て闘技場に駆け付け、俺を買い上げ、イギーを買い上げ……、息をつく間もなかっただろう。落ち着いて話せる時間もほとんどなかったしな」

 確かに。すぐに体調崩してしまって、寝るしかなかったし。

(あぁ、そう言えば)

 前から疑問だったが、聞きそびれていたことを思い出す。私は布団から顔を出し、マックスを見た。

「ニナの祖父がクモイ社でぶいぶい言わせてたのは知ってるけど、ニナの両親はどうしたの? ここへ来て一度も見ていないんだけど」

 マックスがはっと胸を突かれたような顔つきになる。そして悲しげに目を伏せた。

「ニナ様のご両親は……、亡くなられた」

「そう、なんだ……」

 なんとなく想像はしていた。この家柄で、両親が揃って子どもを捨ててどこかへ消えると言うのは、なさそうな気がしたのだ。

 けれどマックスの口から出た次の言葉に、私は息を飲んだ。

「……暗殺された」

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