第31話 価値観の違い
敵意丸出しで、ディルクは私を睨みつける。
(こわ)
「このオレ様が欲しいだと?」
鼻にしわを寄せ、ディルクが威嚇する。
「アンタの所に行って、オレに何の得があるってんだ」
「えっと……、ちゃんとしたベッドに寝かせてあげられるよ」
「は? ベッドに寝られるからなんだってんだ」
そうでした。イギーに聞いた話だと、Sランクは家具の揃ったワンルームを与えられているとのことだ。これでは何のメリットも感じないだろう。
「今よりは平穏な日々を過ごせるようになる、かも……」
「平穏だぁ?」
「毎日のように、闘技場で命のやり取りをせずに済むと言うか」
「はっ!?」
鼻で笑ったかと思うと、ディルクは側の高そうな椅子を殴りつけた。あっという間にそれは哀れな残骸となる。
(ひぇ!)
「ディルク、やめろ」
「俺ぁな、戦いてぇんだよ!!」
「え……」
ディルクの口が裂けるように開き、舌と牙が覗く。
「ここにいれば、好きなだけ戦える。引き裂いて、抉って、へし折って! 戦争が終わってぬるい毎日を送っていたあの頃とは違ぇ。俺はここでの生活が、楽しくて仕方ねぇんだよ!」
「で、でも、クモイ社の
「冷遇? あぁ、夜となく昼となく、隙さえあれば襲い掛かってくるやつらはいるが」
「ほら、それ! 私ならあなたに安らげる場所を……」
「何言ってやがる。そんな奴らを返り討ちにすんのが楽しいんじゃねぇか。刺激的でたまんねぇぜ! ここはまさにオレ様にとって理想の居場所だ」
予想外の返答だった。殺し合いをさせられてるWBは皆、この環境を辛く思っているものとばかり思っていたけれど。
(戦争用人工生命体……WB)
戦える環境こそが、彼らの居場所なのだろうか。
「あぁ、そうそう」
ディルクが額のバンダナに手を掛け、乱暴にむしり取る。そこにあるものを見て、私は息を飲んだ。
『負け犬』
ディルクの額には、その文字が焼き印ではっきりと記されていた。
「マックスよぉ……」
ディルクは燃えるような眼差しを、マックスに向ける。
「Cランクのてめぇに負けたことで、俺は一生消えねぇこの文字を背負っていかなきゃならねぇ」
(酷い! こんなことしたのは……)
私はツィヴを見る。彼は足を汲み、悠然とした態度で微笑みすら浮かべていた。「俺がやったが? それがどうした?」と言わんばかりの表情で。
「……次、同じステージに立つときは、必ず殺してやるからなマックス」
「ディルク……」
「ま、待って!」
舌なめずりするディルクの前に、私は立つ。これだけは言わせてほしい。
「あの仕合を仕組んだのも、焼き印を押したのもツィヴでしょう? マックスを恨むのは筋違い……」
「ぁあん!?」
瞬時にこちらへ向けられた吠え声に、気が遠くなるほどの恐怖を感じる。
「ツィヴさんを悪く言うんじゃねぇよ」
「で、ででででも……」
「この人ぁ、オレのやりてぇことをやらせてくれるんだ。死ぬまで戦える場所をくれた方なんだよぉ!」
「……っ」
「オレの楽しみを奪うんじゃねぇ」
それだけ言い残し、ディルクは部屋を出て行ってしまった。
「どうやら、本人が望んでいないようですな。残念ですが」
ツィヴが煽るような目つきで笑う。
「さて、どうします? お帰りならあちらです」
「いいえ」
私はジュラルミンケースの取っ手をぎゅっと握った。
「他にも欲しいWBがいます」
(ツィヴのやつ、全部相場の1.5倍で吹っ掛けて来た!)
すっからかんになったジュラルミンケースのあまりの軽さに、眩暈を覚えたほどだ。
吹っ掛けられはしたものの、最初に用意した七千万とマックスの今日の稼ぎを使い、私たちは可能な限りクモイ社製WBを引き取ることが出来た。
私は夜明けの淡い光の差す寝室でベッドにごろりと横になり、新たなに仲間となった者たちを思い出す。
まず、ベイトにされやすいCクラスの三人。
イギーと同じイスキロトムス型のWBが一人。
それから尻尾の先が棘付き鉄球のようになっているアルマジロのようなWBが二人。
そしてBクラス。
アルマジロのようなWBがもう一人。
めちゃくちゃ長い名前の、カモメかアホウドリのような鳥型のWBが一人。
そして、ディルクと同じダイアウルフ型のWBが一人。
最後にAクラス。
巨大な熊のようなWBが一人。
ツィヴの所にいる九人のクモイ社製のうち、七人まで引き取れたことになる。成果としては悪くないだろう。彼らは皆、私が引き取りたいと言ったら、喜んでついて来てくれた。
(お金、見事になくなったけど……)
残りはSクラスが二人。そのうちの一人はディルクだ。
実はもう一人の熊型のSクラスを優先的に引き取ろうかと考えたが、それだと彼一人で所持金が全部吹っ飛んでしまう。そのため、まずは待遇のより悪そうな下のランクのWBから引き取ることにしたのだ。より多くのWBを引き取れたし、この判断は間違っていなかっただろう。
(次から闘技場はマックスと、Aクラスの熊さんと、Bクラスの狼君を主力にして……)
とろとろと眠気が襲ってくる。
(皆の名前、早く、憶えなきゃ……)
吸い込まれるように、私は眠りへと落ちて行った。
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