第30話 戦う体制を整えるために

「うぅ、ごめんなさい」

 同じくCランクの試合に出場したイギーは、残念ながら敗北してしまった。やはりと言うか、前回彼の見せた技への対策が取られてしまっていた。


 相手はヤマアラシのようなワーブルートで、棘を飛ばしてくるため迂闊に近寄ることも出来ない。幾度も再生する鋭い棘に阻まれ、素早さが売りのイギーでも攻撃を当てることは難しかった。彼に出来ることは、その持ち前の素早さで全てを躱し続けることのみ。

 もしもイーモンのように固い皮膚を持っていれば、あの棘は脅威でなかっただろう。けれどイギーの体は短毛に覆われただけの薄い皮膚だ。故にほぼ一方的な戦いとなってしまい、このままでは彼の身が危ないと判断した私がギブアップを宣言したのだ。

「ううん、イギーが生きて戻ってきてくれてよかった」

「だけど、ボクのせいで罰金ペナルティが……」

 確かに、マックスの稼いでくれた分が少し減ってしまったのは事実だけれど。

「これなら、いっそ助けないでいてくだされば、いくらかの報酬に……」

「イギー!」

「イギー、やめろ」

 私を押しとどめ、マックスが前に出る。

「それは二度と言うな。ニーナが悲しむ」

「……ごめんなさい。でも」

 イギーがしょんぼりと肩を落とす。

「こんなことになるなら、最初から出場しない方がましでしたね。ボクもニーナさんの助けになりたかったのですが」

「大丈夫」

 私はイギーの細い体を抱きしめる。

「気にしなくていいから。私を助けてくれようとした気持ち、ちゃんと伝わってるから」

 イギーのつぶらな黒い目から涙がぽろぽろと零れだす。

「ボクが、もっと強い体を持っていれば……」

「イギー、お前にはお前にしかできんことがある」

「そうそう! 地下室の機械類、イギーがいなきゃどうにもならなかったし。本当に助かってるから!」

「うん、そうですよね」

 イギーは目元をこすると、一つ頷いた。

「ニーナさん、ボクは今後サポート側に回ります。だから今日のツィヴ氏との交渉では、ボクに代わって戦えるWBを指名してください。マックスと共に、仲間を買い取る資金を稼いでもらうため」

「わかった」

 私は、前もってイギーの作ってくれたリストを確認した。




「ほぉ、私の元から引き取りたいWBがいると」

 受付で申し込むと、思ったよりあっさりとツィヴの部屋へと通されてしまった。

「えぇ。オーナー様の決めた金額を支払い、WB自身が承諾すれば交渉は成立。ですよね?」

「あぁ、それが私の決めたルールだ。で、どのWBが欲しいんだ?」

 私はマックスと目配せした後に、口を開いた。

「ディルクを」

 かつてマックスとランク差のある試合をした、Sクラスの狼のようなWBだ。

「七千万プレティ」

 ツィヴの言葉に頭の芯が冷える。

(思った通り、吹っ掛けて来た!)

 七千万と言えば、私が持ってきた分丸ごと持っていかれてしまう。

「Sクラスの相場は、五千万だと思いますが?」

 五千万なら、二千万残る。それで他のWBも救えると思っていたのに。

「ディルクは人気者ですのでねぇ。納得いかなければ諦めていただくしかございませんなぁ」

 嘲笑うようなツィヴの顔つきに歯噛みする。

(交渉の余地なしか。下げてくれる様子はない)


 私にクモイ社製のWBを渡さないため、地下の檻からも下げた彼だ。ルールに定められた範囲内なら、彼の条件を全部飲むくらいの気持ちでいなければならないだろう。

(ぅう、でも全額……)

 私はマックスを横目で伺う。彼が頷いたので、私も腹をくくった。

「わかりました、では七千万で」

「ふっはっはっは!」

 ツィヴはさもおかしげに笑いながら手を叩く。

「何がおかしいのですか?」

「戦うことしか脳のないWBの言いなりになっている、お嬢様の浅はかさが滑稽でしてねぇ。こんなことに大金をはたいていないで、今持っている財産を崩しながら、穏やかにつつましく一生を過ごされる方が賢明な生き方でしょうに」

 分かる、一理ある。マックスが稼いでくれたお金で節約生活をすれば、三人何とか生きていけるだろう。

(でも……)

「WBを引き取りたいので」

 そう、私たちの目的は、彼の元で冷遇されているWBたちを救い出すことなのだから。

「全く、愚かしいお嬢様だ」

 言いながらも、ツィヴはブザーを鳴らす。

『いかがなさいましたか』

「ディルクを連れてこい」

『かしこまりました』


 やがて扉が開き、見覚えのあるWBが姿を現わした。前見た時と少し違うのは、バンダナを額に巻いているところだ。

「……っ、てめぇ!!」

 マックスを見た瞬間、ディルクが表情を変える。

「何しに来やがった!」

 掴みかかろうとするディルクに、マックスは私を背に庇い戦闘体勢に入る。しかしその牙と爪が届く前に、ツィヴが静かな声で彼を制した。

「ディルク、やめろ」

「……っ」

 牙を剥き、低く唸りながらディルクは動きを止める。そして忌々し気にこちらを一瞥し、のしのしとツィヴの側まで戻って行った。膨らんだ尻尾をゆらゆらと揺らしながら。

「ディルク、こちらの方々がお前を引き取りたいそうだ」

「なんだと?」

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