第28話 WBの闘争本能
『首の皮一枚で繋がったその命、果たして今回も守り切れるのか! 風前の灯火! 崖っぷちファイター! クモイ家衰退の象徴! マカイロドゥス型のマクシミリアーン!!』
今日もアナウンサーのディスりは絶好調だ。観戦席から馬鹿にするような笑いが起こる。
(むかつく)
この建物自体が元々クモイ家のもので、今はツィヴの所有であることもあり、観客たちの層もツィヴ側に寄っているのだろう。私は密かに心の中で、アナウンサーへ中指を立てておいた。
しかしこの地下闘技場、クモイ家の持ち物だった時には何に使われていたのだろうか。やっぱりこんな血腥い催しをしていたのだろうか。
(マックス……)
マックスは相変わらず、野次など全く気にする風もなく立っている。けれど、対戦相手が重々しい足取りで姿を現わした瞬間、私は息を飲んだ。
(あの
『対するは、エンボロテリウム型のイーモン!!』
(マックスを殺そうとした、サイっぽいWB……!)
軍配のように平たい角で幾度もマックスを突き上げ、最後に斧で頭を叩き潰そうとしたWBだ。あの日の光景は今も忘れられない。夢にまで見るほどトラウマになっている。
『かつて処刑し損ねた獲物へ、今日こそ見事引導を渡してくれるのか! 因縁の対決! 高まる期待は天井知らず!!』
お腹の底がずぅんと冷えた。冷たくなった肌に、いやな汗が噴き出す。
二メートルを超える長身のマックスより、イーモンの体躯は更に大きい。横幅なんて三倍をゆうに超えている。あの日が再現されてしまうかもしれないとの恐怖が、私の体を小刻みに震わせる。わめきたてるアナウンサーの声も、もう私の耳には届いていなかった。
(そうだ、ギブアップ)
勝敗のついていない仕合でも、ギブアップを宣言することがオーナーには許されていると、マックスから聞かされた。大枚をはたいて購入した貴重なWBに、深刻な後遺症を残したくないオーナーのためのルールだそうだ。当然敗北したことになり、観客を失望させたということで
(お金には代えられない。危ないと思ったらすぐにギブアップを宣言して……)
そんな私の気持ちに気付いたのだろうか。闘技場に立つマックスがこちらを振り返った。自信すら感じさせる笑みを浮かべて。
(マックス……)
彼の表情は「安心して見ていろ」と言っているようだった。
知らず浮かしていた腰を、座席に沈める。それを見計らったように、刀身を打ち合わせる澄んだ音がキィンと響き、仕合は始まった。
あの日の再現のように、イーモンは大ぶりの重そうな攻撃をマックスの頭上へと繰り返す。それをマックスは、盾で確実に防いでいた。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!
今日もまた、殺伐としたシュプレヒコールに会場は包まれる。だがあの日と違うのは、マックスの目が生きているということ。
私は祈るように組んだ指を膝に下ろし、固唾を飲んでその様を見守る。
(あの日とは違う……!)
かつては相手がどんな行動に出ようと、虚ろな目で棒立ちだったマックスだったが、今日の彼からは間違いなく闘志が感じられた。
「フッ!」
イーモンの剣戟を盾で横薙ぎに捌き、がら空きになった正面にマックスが迫る。そして幅広の角に手を掛けると、そこを乗り越えるように宙を舞った。
(わ……)
マックスのみっしりとした筋肉に覆われた体は空中で反転し、イーモンの背へと華麗に着地した。間髪おかず、マックスは左腕をイーモンの首に回す。筋肉の印影が深くなり、血管が盛り上がった。
「ぅ、ぐ、ぁ……!」
首を絞められたイーモンが、苦し気に呻く。マックスの左腕に装着した盾が。イーモンの顎を押し上げる形となり、余計に苦しみが増しているようだ。マックスを振り落とそうと暴れるイーモンだが、無理やり顔を仰向けにされているため、うまくバランスが取れないのか足元がおぼつかない。
「おい、ライオン野郎! 背後からなんて卑怯だぞ!」
「正面から打ち合え!」
(はぁ?)
観覧席からの野次に、私は内心舌打ちする。戦場での命のやり取りを想定した場合、背後が卑怯なんてことにはならない。後ろを取られる方が悪いのだ。
「締め技なんてつまらないわ!」
「もっと派手に戦え!」
なるほど。血腥さを望む彼らにとっては、正面から馬鹿正直に打ち合う、力押しの戦いこそ至高のようだ。
(ここでは本当に、WBの命自体が彼らの娯楽なんだ……)
首を絞められ続け、暴れるイーモンの口角から泡が漏れる。
「血が足りないぞ!」
その言葉に、マックスは観客からよく見えるように剣を持ち上げた。そしてくるりと逆手に持ち替えると、切っ先をイーモンの首筋へと突き立てる。
喜びの入り混じったどよめきが広がった。
「いいぞ……!」
上ずった声がどこからともなく聞こえて来た。
「いいぞ! そのまま首を落してしまえ!」
マックスは何の躊躇も見せなかった。イーモンのごわついた鎧のような皮膚へ、再び剣を叩きつける。
私の喉がヒュッと鳴った。
(え? 待って? マックス、イーモンを殺すの?)
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