第27話 言いたいことも言えない

 夜が訪れた。

 私たちは身支度をして例の地下闘技場へと向かう。

 エスカレーターを下り、売り出されたワーブルートの檻が並ぶ通路を歩いた。私たちの存在に気づいたWBたちは、こぞって挑発的で魅惑的なポーズを取り、買ってほしいとアピールをする。

(うぅ、素通りするのがつらい。本当につらい)

 ここに出されながら引き取りのなかったWBが、一定期間の後に処分されてしまうと言う話は、前にも聞いた通りだ。

(本当は、全員買い上げてあげたい。でも、まずはクモイ社製のWBたちを救い出すのがマックスとの約束だから)

 彼らが首から下げている札にはスペック以外にも、製造会社が記されている。けれど今日は、行けども行けどもクモイ社製と書かれた札が見つからない。

「……やられたな」

「えっ?」

 マックスが足を止め、苦虫を噛み潰したような顔つきになった。

「クモイ社製WBが、一体もいないね」

 イギーの言葉に、マックスは頷く。

「これまでなら、極限まで疲弊したクモイ社製WBが、ここに放り込まれるなど日常茶飯事だったのだが。……ツィヴめ、全て下げたようだ」

「つまりクモイ社WBは、投げ売りされることも、一定期間後に処分をされることもなくなったってこと?」

 それならひとまずは彼らが救われたことになるのでは、と思ったのだが。

「こちらが、クモイ社製を買い戻そうとしているのを、奴は察したのだろう」

「え」

「他の奴らと違い、俺たちは衰弱しているWBでも構わず買い上げる。目的が手駒ファイターにして戦わせることでなく、保護だからだ。だから安価で手に入れさせまいと、ツィヴはここにクモイ社製を放り込むのをやめた。だが奴の元で、仲間はこれまでと変わらず冷遇されているに違いない」

 ぐぁああ~っ!

 相変わらず何と言うか、根性と底意地と性格が悪い!

「じゃ、じゃあ、買い取りたいって伝えても、法外な値をふっかけられることある?」

「ある程度は吊り上げるだろうな」

 あの陰険ヤロウ!

「でもね、ランクによって値段の上限は決められているんだ。だから、Cランクを億で売りつけることはないはずだよ」

 イギーの言葉に、少しだけほっとする。それでもある程度は覚悟しておかなきゃいけないだろう。


 受付で二人の仕合へのエントリーを済ませ、マックスたちは控室へ、私はオーナー席へと向かう。

(いた)

 ツィヴは今日もオーナー席の一番いい場所にふんぞり返っていた。私に気付くと、鋭い視線を投げかけてくる。口元だけは嫌な笑いを貼り付けて。

 私は形だけ一礼して、席に着く。

「マカイロドゥス型の具合はどうですかね?」

 関わり合いになりたくないと言うのに、話しかけられてしまった。

(マカイロドゥス型……、マックスのことか)

「えぇ、おかげさまで。絶好調です」

 体調のことを聞かれたと思って返したのだが、ツィヴは嫌らしく目を細めニタニタと笑う。

「おやおやおや! やはりあの肉体に、お嬢様は溺れていらっしゃると」

 はい?

「最高グレードWBは、ベッドの上でも最高なんでしょうな。一夜にどれほど満足させてくれるのか、今後のためにもうかがっておきたいですなぁ」

 あー、なるほど。これ、セクハラですわ。

 気弱な深層の令嬢であるニナが、このように公衆の面前で辱めを受ければ、悔しさと悲しみで身を震わせながら、顔を真っ赤にして涙を浮かべたに違いない。


(だがこちとら、日本の社会人ぞ?)

 若手の間ではそこまででもないが、アップデートされてないオッサンどもの間では、こういった下ネタジョークが飛び出すことなど珍しくない。特に酒の席では、無礼講などと予防線を張った上で。

『まぁ、あなたのFランク粗品とは比べ物にならないでしょうね、何と言っても最高グレードですから』などと、身もふたもないことを言ってやりたい気もするが、さすがにこれをやると後でマックスからめちゃくちゃ怒られそうだ。ニナ様の品位に傷をつけるな!と。

(それなら)

『今後のために……、つまりマクシミリアンからそちらのテクを教わる必要があると言うことでしょうか? ひょっとして最近、奥様を満足させてあげていらっしゃらない?』

 ちょっとした意趣返しにこれくらい言っても許されるだろうと、私はツィヴに向き直る。だが口を開きかけて、大切なことを思い出した。

(だめだ! この試合が終わった後、ツィヴの所に交渉しに行くことになってる!)

 WBはオーナーと交渉し、提示された金額を払うことで譲り受けることが可能だ。もしここでツィヴを怒らせれば完全にへそを曲げてしまい、絶対に応じてくれないだろう。

(ぐ……、言い返してやりたいけど、でも……)

「おや、どうしました?」

 私が口ごもっていると、ツィヴは愉快そうに笑う。

「図星を突かれて、何も言えなくなってしまいましたか?」

 周囲から、さざめきのように忍び笑いが聞こえてきた。

(んがぁあああ! ハ・ラ・立・つ!!)

 私はこぶしを固め、身を震わせながらなんとか笑顔を作る。

「御冗談はおよしになって」

 ダメージなどこれっぽっちも受けていない。辛うじてその体裁を作ったところで、アナウンスが耳に届いた。


『皆さま、お待たせしました! 本日のCランク最初の仕合を開始いたします!』

 私はツィヴに会釈をして見せ、視線を闘技場へと戻す。私が涙を見せなかったことが不満だったのか、ツィヴは少し面白くなさげな表情をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る