第三部

第26話 部屋割りと忠誠心

 ツィヴの元へ、ワーブルートを引き取るための交渉に行こうと決めた日、私は朝からマックスと廊下でやりあっていた。

「だから、それは出来んと言っているだろう!」

「なんでよ! その方が理にかなってるじゃない!」

「わわわ、ニーナさんもマックスも落ち着いて」

 議論の的となっているのは、部屋割りについてだ。


 マックスは執事としての役割を与えられているため、地上の使用人部屋を特別に使わせてもらっているなんて言う。だけどあの部屋は、私の使っている部屋の四分の一ほどしかない小部屋なのだ。しかも同じ二階で生活しているのに、私の部屋に来るまで一旦使用人専用の階段で厨房まで下り、そこから主人専用の階段を使って上がって来なきゃならない仕組みになっている。まどろっこしいことこの上ない。

「マックスは執事なんだから、私に何かあった時にすぐ駆け付けられるよう、すぐそばの部屋にいるべきよ」

 昨日邸内を歩き回ったことで、この建物の構造は把握した。私の寝室を出て、廊下を挟んだ真向かいの場所に、私の部屋と同じくらいの広さの空き部屋がある。マックスにそこへ移るように言ったところ、思わぬ抵抗を食らっているというわけだ。

「主の住まう場所にWBが居座るなど、罰当たりもいいところだ」

「どうせ空いてるんだから、使わなきゃ勿体ないでしょう?」

「俺たちは、戦うためだけに生み出された人工生命体だ。人と同じ場所で寝起きするなど、おこがましい」

「ぐぁーっ、あったま固いなぁ! 空き部屋をちゃんと有効利用しなきゃ、新たに入ってくるWBたちも収容できないって言ってるの。それにWBたちも、ツィヴの元ではランクが上なら個室を与えられてるって話じゃない!」

「あれはWB専用の宿舎だ。人と同じ建物に、俺たちは本来住んではならんのだ」

 あー、もうっ! あぁーーっっ、もう!!

 このままじゃ全員、地下に雑魚寝コースじゃない!

「いいから、マックスはこの向かいの部屋を使うの。他のWBにも別の部屋を割り当てるから!」

「ニナ様のお屋敷のことを、お前が勝手に仕切るな」

 ……は?

 はぁあ!?

 なんかめちゃくちゃカチンと来た。

(私は、ニナに望まれてマックスを助けに来たんだが? そしてマックス、あんたに請われて他のWBも救おうとしてるんだが?)


 初期に一緒に朝食を取ろうと誘った時も、かなり抵抗を受けたことを思い出す。あの時は、一緒じゃなきゃ食事する気にならないって駄々こねたんだっけ。「ニナ様の体を人質に取るな」って言われたな。ん? そうか、ニナの体……。

「マクシミリアン……」

 私がニナらしい控えめな声で彼の正式な名を口にすると、マックスはぎょっとした顔つきになる。ついでに横に立つイギーの背筋もピッと伸びた。二人の反応のあまりの良さに吹き出しそうになったが、そこは頑張って堪える。

「私に何かあった時、すぐに駆け付けられる場所にいてほしいと願うのは、間違っているの?」

「い、いえ……」

「では、マクシミリアンに命じるわ。今日からここがあなたの部屋よ。わかったわね?」

 マックスが黙ってしまった。探るような目で私を見ている。今話しているのが、ニナなのか新菜なのかを見定めようとしているのだろうか。

(私の演技もなかなかだな)

「マクシミリアン、今、この体は新菜に預けているわ。つまり、新菜の言葉は私のことb……ぶふぉ」

「……」

 しまった、最後まで我慢しきれず笑ってしまった。マックスとイギーの眼差しから緊張が消えた。

「ニーナ……」

 マックスが頬をぴくぴくと引きつらせ、右のこぶしを胸の前へ持ち上げる。それを目にしたイギーは、慌ててマックスの腕に飛びついた。

「だ、だめだよ、マックス! ニナ様のお体にげんこつなんて!」

「……わかってる」

 マックスは盛大に息を吐きながら、こぶしを下ろす。それを見て私とイギーもほっと息をついた。

「もー、だめですよ、ニーナさん。あれはさすがにマックス怒っちゃいますって」

「うん、ちょっとやり過ぎた。ニナのモノマネは二度としない」

 ぽしょぽしょと囁き合う私たちへ。マックスがギロリと鋭い目を向ける。ヒュッと息を飲んだ私へマックスは意外な言葉を口にした。

「わかった、この部屋へ移ればいいのだな」

「え? いいの?」

「……俺が入らなければ、他のWBをここに入れるのだろう。俺には、ニナ様のお体を最も近い場所でお守りする責務がある」

 さすが、見上げた忠誠心だ。

「ニーナ」

「ひゃいっ!」

 厳しい顔つきに低い声。さすがにちょっと縮み上がる。

「二度と、ニナ様の真似などするな」

「ワカリマシタ」

「……急にお前が消えてしまったかと思った」

(えっ?)

 マックスはそれだけ言い残し、くるりと背を向けると階段を降りていく。

「イギー、お前の身の回り品も、その部屋に移すぞ」

「あ、うんっ!」


 遠ざかる足音を聞きながら、私の胸は少し高鳴る。

 ――……急にお前が消えてしまったかと思った

 それでなぜ、あんな切ない表情をしたのだろう。

(私が消えたら、ニナが戻るってことじゃない? それってマックスにとって喜ばしいことでしょ? なのに、どうして……)

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