第25話 荒れ果てた庭
諜報活動がメインのイギーだけでなく、かつては億の値がついていたマックスまでもがCランクに入れられていた事実。そしてクモイ社製
「投票で選ばれて出場し、試合で勝てばランクは上がるからな」
シャツの前ボタンを留め、ジャケットを羽織りながらマックスが答える。
「前に俺が戦ったディルクは、クモイ社製でSランクだっただろう」
そう言われればそうだった。
「それに、アルクトテリウム型の二体はクモイ社製の中でもやはり人気だ」
え? アルクト……なんて?
「ボクがいた時、アイザックがSランクで、ヴィンセントがAランクだったよ」
「そうか。ウォルドはそろそろAランクに上がったか?」
「ううん、残念ながらしばらく出番がなくてBランクのまま。でもゼブロンがBに上がったよ」
「おぉ、ドエディクルス型が頑張ったな」
……だめだ、記憶力が追い付かん。何の話をしてるんだ、二人とも。
話を続ける二人をぽかんと見ている私に、マックスがようやく気付く。
「あぁ、すまない、ニーナ。ツィヴの元に残っている仲間の話だ」
「それは想像ついたけど。色んなランクに色んなWBがいるんだね」
「うん。ニーナさん、あとで一覧表を作ってお渡ししますね」
「ありがとう、イギー。助かる!」
その時、ふいに重力の狂ったような感覚が私を襲った。眩暈だ。
「ニーナさん!」
バランスを失った私を、逞しい腕が抱きとめてくれる。
「大丈夫か、ニーナ」
「うぅ、くらくらする……」
「顔色が悪いな」
マックスはゆっくりと、私の頭を自分の胸へと持たせかけた。むっちりとした厚い胸へ頬を埋めると、そこはとても安定感に満ちていた。
「長時間立たせてしまったのがまずかったか。すまない、気が利かなかった」
「ここ、まだ空調が十分に働いていないのかも。一旦、上に出た方がいいね」
「そうしよう。ニーナ、失礼する」
返事をする間もなく、私の体はふわりと持ち上がる。マックスはくるっと半回転分すると、ずんずん進み始めた。
「マックス」
すぐ目の前に、マックスの顔がある。
「え、待って? これ、姫抱っこ?」
「大人しくしていろ」
私を支える腕はがっしりと力強く、いとも容易く私を運んでいる。
「うぅ、勿体ない」
「何がだ」
「ケモの姫抱っこなんて、一大イベントじゃない? スナック感覚でほいほいやらないで欲しい」
安定感のある足取りが、階段を上っていく。
「これまでもやっただろう」
「そうだけど、もっと勿体ぶって。特別感を意識して」
「……頭は元気なようだな」
半ば呆れたように言いながらも、その口調は柔らかい。マックスは書斎に上がると廊下に出て、そのまま今度はベランダに向かって足を進めた。
「え? どこ行くの?」
「外の空気を吸った方がいい」
光が目を射る。私は眩しさを避けるため、マックスの胸へ顔を埋めた。
やがてマックスの動きが止まる。ゆっくり顔を上げると、そこは庭だった。
「わ……ぁ……」
綺麗、と言いたかったが、その言葉は喉元で止まる。元は色とりどりの花を咲かせる庭だったのだろうが、今は枯れて茶色くなった植物がフェンスに絡んでいる状態だ。足元も枯れた芝生の名残がわずかに見える、土剥き出しの荒れ地だった。
「前はここに、白いガーデンテーブルと椅子があった。足元は青々とした芝生で。ニナ様はたまにここへ出られ、花を眺めながら茶を楽しまれていた」
「うわぁ、それいいね」
そよ風が私の髪を揺らす。新鮮な空気が眩暈を取り除いてくれたのか、意識が徐々にはっきりして来た。
「花を眺めながらお茶か。テーブルはないけどベランダに腰かけてお茶くらいなら、今でもできるかな」
「花は好きか?」
マックスの低く甘い声が、私の耳元をくすぐる。
「好き……、と問われると、そこまで花好きってわけでもないかな。でも綺麗な花を見ると、やっぱり明るい気持ちになるね」
「そうか。ならばまた、ここに花を植えよう」
「植えるって、マックスが?」
「そうだ。ニナ様のために俺は、ここで花を育てていた」
マックスの横顔を見上げる。目を細める彼には、ニナとのかつての日々が見えているのだろうか。胸の奥が、しくんと沁みる。
「花を見ながらお茶もいいけど」
ニナを羨む醜い気持ちから目を逸らしたくて、私は話題をずらす。
「今のこの荒れた状態の庭なら、火を焚いてバーベキューってのもいいかもね」
「バーベキューとはなんだ」
あぁ、そうか。この世界は、各家庭で調理することがないんだっけ。マックスにはとても似合いそうな食べ物だと思うのに。
「肉の塊を買って来てね、切って金属の串で刺して庭で焼いて食べるの。花が咲いてると脂や火の熱で傷んじゃいそうだから、何もない今のうちならいけるかな、って」
「肉の塊……」
「ふふ、馴染みがないよね。でも、これなら私がマックスたちのために作ってあげられるよ」
マックスが首を巡らせ、私を見た。
「それは、ライアンの好きだったものか?」
「へ?」
なぜいきなりソシャゲの話を。
(あ、そっか。先日悪夢を見た時に、ライアンの名前を出したんだっけ)
と言うか、私の推しの名前なんてよく覚えていたな。
「あー、うん。ライアンは好きだったな、肉の塊」
ゲームの中で、一回の食事に1㎏くらい肉を食べると言うエピソードがあったはずだ。
「きっとマックスたちも気に入ると思うよ」
「……そうだな」
陽はゆっくりと傾き、風もややひんやりとしたものへと変化していく。ぶるっと身を震わせた私を抱き、マックスはベランダへ続く階段を上がった。
「部屋へ戻ろう。ニナ様のお体に障る」
「……そだね」
マックスの体のぬくもりを服越しに感じながら、私は部屋まで大人しく彼に運ばれた。
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