第24話 地下トレーニング場

「でも、しばらく使われていなかったみたいで、埃が詰まったり線が切れたりしてる器具があったので、使用できるようにいじってみました」

「えっ、すごい!」

 イギーは諜報活動がメインと前に聞いたが、どうやら機器類にも明るいようだ。


 マックスが、器具の一つにそっと触れる。

「ここしばらく地下まで電気を回す余裕がなかったのでな。放置している間に傷んでしまっていたか。イギー、お前が来てくれて助かったぞ」

「へへっ、こういうのは得意だからさ。任せてよ」

 言いながら、イギーは器具の一つのボタンを押す。起動音がして、その不思議な形の器具が動き出した。

(どこかで見たことある、これ。カンフーのアレに似てる、えぇと、なんだっけ……。帽子掛けみたいな形の……、木人もくじんナントカって言ったよね?)

 太い柱から、何本か枝状のものが突き出している。私の知っているそれと違うのは、枝の部分が素早く飛び出したり引っ込んだりしてることだ。

「マックス、試運転するから手伝ってよ」

「わかった」

 いつの間にかマックスはジャケットを脱いでネクタイを外し、シャツの胸元を緩めて袖まくりをしている。そして謎の機械の前に立つと、勢いよく飛び出してきた枝部分を腕で防いだ。

(わ……!)

 マックスは慣れた様子で、予測不能な動きで襲い掛かってくる枝を、腕や脚で完全に捌く。枝は飛び出して来るだけでなく、横なぎに回り込んできたり、腹部や脚を狙ってきたりと変幻自在だった。

「イギー、中級者向けモードに設定しているな?」

「そうだよ。これ使うの久しぶりだと思って、最初は緩めがいいかなと」

 これで緩め? 動き、私の目では追い切れていないんですが!?

「道理で遅いと思った。二段階上げてくれ」

「わかった」

 イギーがパネルを操作すると、棒の動きが明らかに変わる。それをマックスは確実に捌いていく。

(もう、動きが全く見えない!)

 やがて一定時間が過ぎ、アラーム音が鳴ると機械は止まった。


「ふー……」

 器具の前から離れ、マックスは両手でたてがみをかきあげる。

「んっふ!!」

 その気だるげな仕草に、変な声が口から洩れた。私は口を押さえ、その場にしゃがみ込む。

「ニーナさん、大丈夫? あぁ、ずっと立ちっぱなしで具合が悪くなった?」

 気づかわし気なイギーの声に続き、マックスの足音が近づいてくる。蒼色の瞳が、私を覗き込んだ。

「……問題はなさそうだな」

「そうなの? でもニーナさん、口を押さえてしゃがみ込んでるけど」

「ある意味病気みたいなものだが、心配の必要はない」

 ある意味病気って何!? いや、否定しないけど。

「そう言えばイギー、今、マックスの部屋のソファに寝てるんだね。ごめん、気付いてあげられなくて。できるだけ早くベッド買うね」

「いえ、お気遣いなく」

 イギーは、オレンジ色の眼をくりくりさせ、顔の前でパタパタと手を振る。

「でも、ゆったり体を伸ばして眠りたいでしょう?」

「今でもちゃんと寝られていますよ、柔らかな寝床でとてもありがたいです」

「だけど」

「ツィヴ氏の所でボクらCランクは、全員まとめて固い床に雑魚寝でしたし」

 は?

「床の上で、毛布一枚ってこと?」

「いえ、毛布もないです。コンクリートのだだっ広い場所に、転がってました」

 なにそれ!?

「それに比べて、ここでは柔らかなソファに掛け布団までいただけて、ボクとても幸せです」

 幸せのハードル下げないで! それから、そんな環境と比較されても悲しい!

「絶対イギーのベッド買うからね! 手足伸ばして、ゆっくり寝てね!」

「は、はい」

 戸惑った顔つきで頷くイギーに、マックスは顎に手を当て「ふむ」と一つ頷く。

「そう言えばそうだったな。ニーナに皆を引き取ってもらった後、寮のない今どこに住まわせようかと頭を悩ませていたが、この訓練施設に雑魚寝をさせれば問題はないか」

「問題しかないよ! なんで私にツィヴと同じことさせようとするの!? それに、わざわざこの地下の床で寝なくても、地上エリアにもいくつか部屋があるじゃない」

「そこはオーナーの住む場所だ。俺は執事の役目を賜っていた故、特別に使用人部屋を使わせてもらっていたが、本来WBが主と同じ場所で生活するなど罰当たりなことだ」

 そんな馬鹿な。

「あぁ、でも、ボクらと同じCランクはここで雑魚寝でも文句言わないだろうけど、ベッドのあったBランク以上のWBや、個室のあったSランクは、納得しないんじゃないかな」

「それもそうか」

 だから、床に雑魚寝なんてさせないから! ちゃんとみんなの分のベッド用意するから! 狭い場所に押し込めたりしないから!

 一瞬「多頭飼い」と言う言葉が頭をよぎる。彼らをペットのように想像した自分が許せず、自らの頬を引っ叩いた。

「ニーナさん!?」

「どうしたいきなり!」

 高らかに鳴り響いた打擲音に、マックスとイギーが目を丸くする。

「……なんでもない。自分に反省を促しただけ」

「そ、そうか」

 とはいえ、今の状況でそれぞれに一部屋ずつ用意するのは難しそうだ。WB引き取りに際しては、それなりの設備投資も考えなきゃいけないということか。

「ん? さっき、Bランク以上のWBは、って言った?」

「はい」

「てことは、クモイ社製のWB全てがCランクにされてるってことではない、と」

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