第23話 邸内探索

「これはお前に預ける、ニーナ」

 そう言って、執事服姿のマックスが渡してきたのは、札束の詰まったジュラルミンケースだった。

「……えっと。これっておいくら万円……、じゃなくて何プレティ入ってるの?」

「七千万だ」

(ななせんまん!!)

 私は熱いものに触れたように、思わず手を引っ込める。

「こわ」

「何がだ」

「いや、こわ」

 1プレティが何円に当たるか分からないけれど、七千万と言われるとさすがにびびる。新菜時代を含めて、扱ったことのない金額だ。

「こんなの預けられても困るよ。マックスが管理して」

「生活やその他に使う分は確保してある。これはお前がワーブルートを買い取る際に使うものだ」

「でも」

「WBの買い取りに関しては、お前に一任する。オーナーはお前なのだからな」

 私は恐る恐るジュラルミンケースを引き寄せる。思わず顔を近づけ、鼻をうごめかせた。

「これが大金の匂い……」

「ニナ様のお姿で、品のない真似をするのはよせ」

 そうは言われても、見慣れない札束を前にすれば一度はやりたくなるだろう。出来れば、札束ビンタも食らいたい。

七千万これで何人救えるのかな」

「ランクに設定された価格にもよる。前にも言ったが、ランクの低い者は二百万ほどだ」

「じゃあ、まずはランクの低いWBからごっそり引き取った方がいい?」

「待て、ただ引き取ってどうする」

 引き取れって言ったの、マックスだよ。

「それだけのWBが生活できる空間は、この屋敷にはない」

「そうなの?」

 見た感じいかにもな貴族屋敷だし、この寝室だけでも結構な広さがあるし、あらゆる家財がなくなっていてもスペースだけはあると思ってた。

(そういや私、体調が悪くて殆どこの部屋で過ごしてるもんな。屋敷内で知ってるのは、ここから玄関までの道のりくらい)

 私はベッドから滑り降りる。

「どこへ行く、ニーナ」

「ちょっと邸内を探索してくる」

「探索?」

「考えたら私、この建物の広さや構造を全然知らないから」

「待て」

 マックスの手が、私の頬に触れた。

「熱はないな。顔色も問題なさそうだ。うむ、俺が案内しよう」




 マックスの誘導で、私は邸内を一通り見て回った。

「……なるほど」

 元は応接間であったらしいガランとした場所に、私は立ちすくむ。

 この別邸は日本の標準的な一軒家より少し大きいくらいの規模。5LDKプラス使用人部屋が二つと言った構造だった。ここに大柄なWBを九人一気に引き取っても、確かにスペースが足りないだろう。ちなみに売却してしまった本邸には、WBたちの住む寮のような居住エリアがあったとのことだ。


 見回ってみて、まず驚いたのは厨房だった。鍋やフライパン、フライ返しなど、私の知る調理器具が見当たらない。缶詰やアルミパックなどの保存食ばかりが棚に積み上げられ、それらを調理する専用の電子レンジ的な機械が一つあるきりだ。

 小さな冷蔵庫にあるのもアルミパックの食料のみで、生肉や生野菜、生卵などは見当たらない。

 ニナが一人取り残されていた頃は仕方ないとして、ここ最近はマックスが時おり食料の買い出しに出ていたはずなのにと不思議に思ったのだが。彼の説明によると、この世界で調理は金持ちの道楽の一つに過ぎず、基本人々は、調理済みのものを購入し食べるのが通常となっているらしい。

 私のいた元の世界でも、蕎麦を打つところから始めるのは、プロか道楽かと言った印象だったが。この世界では調理そのものがそのポジションのようだ。

 ディストピア飯、とはいかなくとも、食事は自分の手で作るのが普通だった私には、新鮮な驚きだ。なお、初日にマックスが用意してくれたスープとパンも、缶詰だったとここに来て知った。


 家財道具をごっそり持っていかれてしまっているので、どの部屋もがらんとしている。書斎も名ばかりの状態で本棚は当然なく、古くて値のつかなかった本が侘しく床に積まれていた。

 生活感があったのは、私の寝室とマックスの部屋のみ。ベッドなど、私のものと彼のもの、二つきりだ。確かにこれではWB達を引き取っても、ゆっくり休ませてあげられないだろう。

「あれ? イギーはどこで寝てるの?」

「俺の部屋のソファを使わせている。小柄ゆえに問題はないようだ」

 それならいいが、出来ればイギーにもちゃんとした寝床を用意してあげたい。

「そう言えば、イギーはどこ? 全部の部屋を見て回ったのに、どこにもいなかったけど」

「あぁ、イギーなら地下で修繕作業をしている」

 地下?


「うわぁ」

 元は書斎だった部屋の床にあった上げ蓋。取っ手を引き上げれば、そこに地下室へ繋がる階段が現れた。

「雰囲気、ずいぶん上と違うね」

 地上の居住エリアは、近世西洋の貴族屋敷と言った雰囲気だ。それに比べ地下室には近未来を思わせる機械類や、スポーツジムのトレーニング器具に似た物が並んでいた。

 屋敷から道路へ出た時のように、感覚がバグる。

「あれ? ニーナさんとマックス。どうしたの?」

 イギーが機械の間から、ひょいと顔を出す。

「どうだ、イギー。使えそうか?」

「うん、問題なさそう」

 服の埃を払いながら、イギーが立ち上がる。イギーはその身にぴったり仕立てられた、スタンドカラーの黒ジャケットを身に着けていた。中央に一列に並んだボタンが、マックスのラウンジングジャケットに比べ、若々しい印象を醸し出している。

「使えそうって、何が?」

「えっとですね、ニーナさん。この地下エリアはボクらWBのトレーニング施設になってるんです」

(トレーニング施設……)

 ここに来てすぐスポーツジムみたいだと感じたが、勘違いではなかったようだ。

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