第21話 根性と底意地と性格が悪い!
罵声の飛び交う中、イギーは
「っ!!」
飛び出しそうになった悲鳴を、かろうじて両手で抑え込む。観客席がワッと沸いた。
「いけ、P3!!」
「そのままチビの骨を踏み砕け!!」
ごろごろと激しく回転しながら、闘技場の端まで転がっていくイギー。思わず立ち上がり、悲鳴を挙げそうになった私の肩を、大きな手が包み込んだ。
「大丈夫だ、ニーナ。攻撃を受ける直前に、イギーが攻撃と同じ方向へ飛ぶのが見えた」
「え……」
「多少は喰らったかもしれんが、エネルギーの大部分は逃がせたはずだ」
「だけど……!」
転がって行ったきり、イギーは起き上がってこようとしない。僅かに蠢きながら、うめき声をあげている。ツィヴの元でベイトにされていたことを思い出し、胸が締め付けられるように痛んだ。
「カウントダウンなんて生ぬるいことは許さねぇぞ!」
「踏み殺せ! P3! やっちまえ!」
P3がチラとオーナー席を見る。視線の先にいたのはツィヴだった。ツィヴは満足げにほほ笑むと、P3にうなずいて見せる。P3はそれを確認し、目線を倒れているイギーへと戻した。
「いけ! P3! 踏み殺せ!」
「P3! その脚力を見せてちょうだい!」
観客たちの声に煽られるように、P3がイギーへと近づいてゆく。初めはゆっくりと、そして徐々にスピードをあげて。
「おおおおおお!!」
観客たちの、そしてオーナーの望み通りイギーをその重量全てで押しつぶさんと、P3は雄叫びを上げながら大きく跳躍した。
「イギー! 避けて!!」
私が叫んだ時だった。
突如、空中のP3がバランスを崩す。まるで何かにつんのめったように。そして受け身を取ろうと伸ばした腕までも、何かに捕らえられたように動きを途中で止めた。
「!?」
P3は顔から床へと転落する。それと入れ替わるように、イギーが体を反転させ起き上がった。
「イギー!」
すかさずイギーは床を蹴り、高く高く跳躍する。そしてくるりと体を反転させると、全体重をかけ短剣の柄を起き上がろうとしているP3の脳天めがけて叩きつけた。
「!」
P3の腕がだらりと力を失う。そして重い音を立て、体は横倒しとなった。
観客席が静まり返る。倒れたP3と、立っているイギーを見つめて。
「マックス、何が起こったの?」
「イギーが細かくつけていた傷、あれがP3の動きを封じた」
「?」
「イギーは全身のバネを使って派手に動くプロコプトドン型の、動きに合わせてよく伸びる部分の皮膚に傷を入れたんだ。P3が大きく腕や脚を動かすたびに、その傷が勝手に裂けるように」
「!」
「傷の痛みはP3の動きを鈍らせ、可動域を制限する。イギーはその隙をついて、急所に一撃を入れた」
「そんな方法が……」
闘技場の中央ではカウントが行われている。気を取り直した観客たちの間から、じわじわと呪うような声が上がっていた。
(ツィヴは……)
オーナー席を見ると、すさまじい目でイギーを睨みつけるツィヴの姿があった。
「イギーは本来隠密などの活動に適している。攻撃力こそ他のファイターに劣るものの、スピードを生かしたトリッキーな仕合運びができるWBだ。そこを理解してマッチングを上手くやれば、ツィヴももっと観客を沸かせられただろうに」
そう言うと、マックスは私の手を取って立ち上がらせる。
「イギーを引き取りに行こう」
「ありがとうございます、ニナ様!」
私たちはイギーを無事買い取り、屋敷へと戻ってきていた。
「それにしても、ツィヴめぇ……」
今日、イギーが勝利したことで、オーナーであるツィヴの懐には大金が転がり込んだはずだ。それなのに、勝利を収めて価値が上がったという理由で、イギーの値段をつり上げたのだ。マックスは眉一つ動かさず、その金額を支払っていたけど。
「あの野郎、ほんっとーに根性と底意地と性格が悪い!! あの時の札の値段で売れよ!!」
「ニ、ニナ様!?」
拳をテーブルに叩き付けた私に、イギーは目を白黒させる。涼しい顔で隣に立つマックスのラウンジングジャケットを、細い指がそっと引いた。
「あの、ニナ様どうしちゃったの? しばらく見ない間に、ずいぶん荒んだ感じになってるけど……」
「イギー、ここにいるのはニナ様であって、ニナ様ではない。ニーナだ」
「!? どういうこと!?」
マックスは、私の魂がこの体に入ってからのことをイギーに説明する。イギーは半信半疑と言った風情だったが、何とかこの事実を受け入れた様子だった。
「つまり、ここにいるのはニナ様じゃなくて、ニーナって人と思っていいんだよね?」
「そうだ。体はニナ様のままだが」
「え……、じゃあ、どうすればいいの?」
「ニナ様のお体にはこれまで通り誠心誠意尽くす。そして、中にいるニーナとは同士として付き合う。俺はニーナと出会って以来そうしている」
「同士……」
(同士か……)
マックスの言葉に嬉しいような寂しいような、複雑な感情がわき上がる。仲間として受け入れられていることへの嬉しさと、お姫様のように扱われてるニナへの羨ましさと。
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