第20話 イギーの戦い方

 私が復調したタイミングで、イギーの仕合の日がやってきた。私たちはイギーの券を買い、観客席につく。

「あれ見ろよ。クモイ家の」

 私に向けて、いくつもの視線が降り注がれているのを肌で感じる。それは哀れみであり、嘲りであり、蔑みでもあった。

「……」

 マックスが私の傍に立つ。全ての視線から私を庇うように。

「隣、座ればいいのに」

「席は人間のものだ」

 私は周囲を見渡す。席に着いているワーブルートの姿もちらほら見えた。

「座ってるWBもいるよ?」

「あれらは愛贋物だ」

「愛贋物?」

「寝室において主人を慰める役を仰せつかってる者たちだ。俺とは違う」

(なんと……)

 マックスならそれもやぶさかではない、と思ったが口に出すのはやめておいた。セクハラになってしまう。

「ニーナ、前を向け。もうじき始まるぞ」


 闘技場の中央に視線を戻す。すでにイギーは入場しそこに立っていた。この間檻で見た時と違い、だらりと垂れていた尾も今は元気にくるりと巻いて立ち上がっている。

けれど……。

「ちょっとぉ、冗談でしょう? 今日のファイターってアレなのぉ?」

 クスクスと小ばかにしたような笑いが近くから飛んで来た。

「おいおい、一発殴られて終わりだろう」

「五秒と持たないんじゃない?」

「一方的ななぶり殺しになるだろうな。ツィヴ氏も趣味が悪いぜ」

 イギーの小柄で細い体つきは、ここで活躍する他のファイターに比べずいぶんと貧相だ。出会った頃のようにあばら骨が浮き上がっていたりはしないが、それでも見れば見るほど不安になってくる。イギーは人間である闘技場アナウンサーよりも、さらに小柄だった。

「大丈夫かな、イギー」

「対策は伝えておいた。それにあいつもWBだ。自分の戦い方は知っている」

「そう……」

 体の芯がぶるっと震えた。

 ――お元気になられたようで、本当に良かった!――

(あんな優しい人に、悲しい死に方をしてほしくない……!)

 唇をかみしめ、爪痕が付くほどこぶしを握った時だった。

『対するはワタリアの跳躍王、ピースリー!!』


 アナウンサーの声に顔を上げる。入退場口に一つの影が浮き上がっていた。

(カンガルー?)

 シルエットを見て、頭に浮かんだのはオーストラリアのあの動物だ。イギーとの対格差は歴然としていた。

「プロコプトドン型のP3か」

「強いの?」

「強いな。跳躍王の名が示す通り、全身のバネが鍛え抜かれている。素早い動きが特徴であるイスキロトムス型への対策だろう、……おっと」

 全身から血の引き、ふらりと上体が揺れる。私はマックスの腕に倒れこんだ。

「だ、大丈夫だよね、イギー……」

「……」

「どうしよう、私が変にケンカを売るようなことを言ったから、イギーが……」

「買い上げるよう進言したのは俺で、出場することを承諾したのはイギーだ」

「そう、だけど……」

 次の瞬間、私の顔はマックスの胸へグッと押し付けられる。

「!?」

「怖いなら見るな。ここまで来てしまえば、俺たちはイギーを信じて見守ることしかできない」

「……」

 私はマックスの胸を押し返す。

「……大丈夫、目をそらさない。イギーがあの場に立つことになったのは、間違いなく私の責任でもあるから」

「無理をするな」

「いい、離して」

「わかった」

 私は闘技場中央へと視線を戻す。そのタイミングで試合の開始を告げる金属音が鳴り響いた。

(え……)

 目がおかしくなったのかと思った。キィン澄んだ音が耳に届いた次の瞬間、イギーの姿は消えていた。と思うと、小柄な体がP3の背後に出現する。

「テレポート!?」

「超能力ではない。あの素早い動きこそ、イスキロトムス型の特徴だ」

 イギーが手にした短剣が、P3の背に襲い掛かる。P3は身を反転させつつ、剣を手にした左手を横なぎに振った。その刃の下をくぐるように、イギーは攻撃を避ける。イギーの得物はP3の背をわずかに傷つけただけに終わった。すぐさまイギーは姿を消し、再びP3の背後に出現する。そしてその切っ先はまたも対戦者の皮膚をわずかに裂くが、それ以上の攻撃はP3によって阻まれた。イギーは軽いステップで後方へ飛び退り、P3から距離を置く。

(イギーの動きは素早い、十分に相手を翻弄しているように見える。でも……)

 腿の上でドレスを握りしめる。その時、私の耳を野次が貫いた。

「おい、チビ! コソコソ逃げ回ってばかりじゃねぇか!!」

「正面から戦え、卑怯者!!」

 観客からブーイングが飛び出した。対戦者の背後に回ってはわずかに傷をつけ、すぐにその場所を離れるイギー。その繰り返しは、派手な戦いを好む観客たちを苛立たせる。

(そんなこと言ったって、あれだけの対格差があるのよ?)

 イギーが正面からP3にぶつかれば、あの太い手足の一撃を食らってすぐさま床へ沈められるだろう。華奢で小柄なイギーにはこの戦い方しかないのだ。

(だけど……)

 薄く皮膚を裂くばかりで、どの攻撃も決定打になってないのも、また事実。

(これじゃ、勝利には結びつかない……)

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