第19話 うなされて口にした名前

 いろいろ重なった上、熱を出したからだろう。おかしな夢を見た。


(ここは……)

 見覚えのあるパステルカラーの執務室。『亜人デミット騎士団ナイツ幻想曲ファンタジア』の世界だ。

「指揮官殿、失礼します」

 最推しの獅子獣人ライアンが入室してくる。懐かしい軍服姿を目にした瞬間、じんと目頭が熱くなった。

「如何されましたか、指揮官殿」

「う、ううん、なんでもない」

 慌てて目元をぬぐい、彼に向き直る。

「それで、何があったの?」

異星人エイリアンの襲来です。場所はラートゥム平原。迎撃メンバーをお選びください」

「わかった」

 私は慣れた手つきでメンバー編成をする。ライアンを筆頭に、高レベルに育てた団員を選び、前衛後衛それぞれに三人ずつ配置する。

「出撃!」


 その瞬間、場面が変わった。

 騎士団のメンバーを送り出したのはラートゥム平原だったはず。しかしそこは血腥い闘技場コロッセオだった。

(え……)

 私の服装は指揮官のものから、古めかしいドレスへと変わっている。そしてライアンたちは、グラディエーターの装いとなっていた。

(なんで……!)

『デミファン』の戦いは、騎士団が一丸となって挑む集団戦のはず。けれど、ステージの中央に立ったのはライアン一人。そして出てきたのは、見覚えのあるサイ獣人だった。

(やめて……!)

 叫ぼうとしたが声が出ない。そしてサイ獣人の巨体は容赦なく迫り、幅広の角がライアンを突き上げた。そして落ちてくるライアンの体へ容赦なく、幾度も猛撃を繰り返す。

(やめて、やめて! 違う!!)

 糸の切れたマリオネットのように空中で翻弄されるライアンに、私は声にならない声を上げ続ける。

「や、やめて!!」

 ようやく喉から声が飛び出す。

「ライアンを殺さないで!! ライアン!!」

「指揮官、殿……」

 なぜか目の前に満身創痍となったライアンが立っていた。

「ライアン!」

 私の腕の中に、ライアンが力なく倒れ込んでくる。

「ライアン! 死なないで、いやぁあああ!!」

 崩れ落ちたライアンを、私は必死に抱きしめた。

「ライアン!!」

「ニーナ!」


 目を覚ますと、私は逞しい首にしがみついていた。バーガンディーのたてがみが腕をくすぐる。

「……あ」

 腕を緩めれば、気づかわしげな蒼い瞳がすぐ目の前にあった。

「大丈夫か、ニーナ。怖い夢でも見たか」

(夢……)

 心臓がドッドッと激しく打っている。びっしょりと嫌な汗を全身にかいていた。

「……夢で良かった」

 おこりにかかったように震えながら腕をはずすと、マックスは私の背に手を添え、ゆっくりと横たわらせた。彼の大きな手は、リクライニングシートのような安定感がある。

「どんな夢を見た」

「サイの……、前にマックスを殺そうとしていたあの平たい角のあるWBが、ライアンを殺そうとして……」

「……!」

思い出すと、また涙があふれそうになる。

「何度も角で突き上げられて、ライアンが……。あの日のマックスのようにボロボロにされて……、怖かった……」

「……ただの夢だ。気をしっかり持て」

「うん……」

 窓の外へ目を向ければ、既に空は珊瑚色へと染まりつつあった。

「熱が上がっているな。食料を仕入れて来たから、食べられるものがあれば用意するぞ」

「ゼリー。イギーが食べてたような。それから喉が渇いた」

「わかった」

 マックスは一度姿を消し、間もなく水とアルミパウチを持って戻って来た。水は程よく冷えていて、火照った喉を癒してくれた。

 だがアルミパウチに入ったゼリー飲料は、半分くらい飲んだところで飲み込めなくなってしまう。

「どうした、ニーナ。しっかり食え」

「ごめん、今はちょっときつい」

「だが」

 これ以上無理に押し込んだら、戻してしまいそうだ。口を押さえて首を横に振る私を見て、マックスは察してくれた。

「お腹すいたら後で残りを食べるから、そこに置いてて」

 私の言葉に、マックスはほっと息をつく。

「……いや、少しでも食べてくれただけでもありがたい。予備も置いておくから好きなタイミングで食ってくれ」

 きっとマックスの目には、かつてのニナの姿が映っているのだろう。熱を出し何も口にせず、ただ衰弱していくだけだった彼女の姿が。

「大丈夫だよ。私はニナと違って意地汚いから、そのうちちゃんと食べる」

「そこまでは思っていない」

 私の言葉にマックスは僅かに目を細めた。

 しかしすぐに彼は真顔となる。

「……『ライアン』」

「え?」

「先ほど、お前がうなされて口にしていた名だ。死ぬなと懸命に叫んでいた」

「あ、うん」

 寝言を聞かれていたのが気まずく、私は掛布団を目元まで引き上げる。

「そんなにはっきり聞こえるくらい叫んでたんだ。恥ずかしいな」

「それはお前の、……大切な相手の名か?」

「へ?」

「ライアンのことだ」

 マックスからの思わぬ問いに、私は少し驚き布団から顔を出す。

「うん。まぁ、そう」

 ゲームの中の最推しだから、そこは間違いない。

「すっごく好き」

「……そうか」

 心なしか、その横顔が愁いを帯びる。

「マックス?」

「休め」

 マックスはカーテンを閉じる。

「お前の眠りは俺が守ろう。癒えるまで、安心して眠るといい」

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