第18話 クモイ家とツィヴの因縁

 屋敷に戻ったのは明け方近くだった。私たちは一旦睡眠を取り、数時間後に目を覚ました。

「ツィヴの下にあるワーブルートが仕合に出るには条件がある」

 マックスに食後の紅茶を淹れてもらいながら耳をかたむける。疲れが出たのか体が重く、熱を出した私はまたベッドの上から動けずにいた。

「条件て?」

「一般のオーナーがあの場に出せるWBは三体までだ。通常、お前と同じようにオーナーは自分のWBを好きに出場させられる。だがWBを大量に所持している主催者のツィヴは、仕合の賭けとは別に出場してほしいWBの人気投票を行い、選ばれた上位五体を出している」

「ふんふん」

「俺もそうだった。連敗を喫しながら、なぜか票が入る。クモイ社製最高グレードのマカイロドゥス型であること、どれだけダメージを食らっても壊れないのが理由だろう。だが、イギーは違った」

「出場のための票が入らなかった?」

「そうだ」

 マックスはフーッと細く息を吐く。

「あの闘技場に集まる人間は、血腥く迫力ある仕合を好みパワーを重視する。イギーのイスキロトムス型は敏捷性が売りで、見た目も小柄で細い。元々、諜報活動がメインのWBだからな。性能を生かせられれば十分に戦えるタイプなのだが、どうしても他のファイターに比べ見劣りしてしまう。ゆえに票が入ることなく、仕合に出る機会もない。出られなければそもそも稼ぐことも不可能だ。あいつは俺がツィヴの元にいた時から放置され、稼ぎがないという理由で食事もまともに与えられてなかった。無駄飯食いと言われてな」

「酷い……」

「恐らくツィヴにとってイギーは手放しても構わない、むしろ手放してしまいたいWBなのだろう。あの扱いと、値札の価格を見れば一目瞭然だ」

「ならどうしてさっさと売ってくれなかったの? あんな条件まで出して!」

 マックスの蒼色の瞳が私を射抜く。

「お前を……正確にはニナ様のお顔を見て、へそを曲げたのだろうな」

「私!?」

「手放したい一方で、クモイ家の人間を喜ばせることだけは絶対にしたくない。あの男ならそう考えるだろう」

「はぁあ!?」

 私はティーカップをサイドテーブルに下ろす。

「なんでそんなに根性と底意地と性格が悪いのよ!! 私、あいつに何かした!?」

「お前にじゃない。クモイ家に対してだ」

「何か因縁でもあるの?」

「あの闘技場のあるドーム、元々はクモイ社のものだ」

「へ?」

 そこから私は、説明を受ける。


 クモイ家は軍需産業、特にWBの生産で戦争中に多額の財を成した家だと言うことは、前にも聞いた通りだ。やがて終戦を迎え、殺戮に特化した人工生命体であるWBは世間から必要とされなくなった。衰退してゆくクモイ家の代わりに台頭してきたのが、かつてはクモイ社の下請けをしていたツィヴの会社というわけだ。彼らは戦争のために磨き上げた技術を他業種に流用し、どんどんと勢力を拡大していく。有能なのは間違いないだろう。時代の流れに取り残され、資金繰りに困っていたクモイ社から次々と土地や施設、そして技術や人員を買い上げたツィヴは、やがてクモイのほぼすべてをその手中へ収めることとなった。


「それでなんでクモイ家が睨まれなきゃいけないわけ?」

 私は疑問を口にする。

「取って代わられたクモイがツィヴを恨むのならわかるけど。乗っ取った側のツィヴがどうして? こちらにはもう、この別邸以外何も残ってないんでしょ?」

「目障り、なんだろう」

「目障り?」

「クモイ家がこの世から消えてなくならない限り、あの男は自分がクモイの下請けだったという過去から逃れられない」

「つまり、お気持ちで嫌がらせしてるってことね? 本当に根性と底意地と性格が悪い!!」

「落ち着け、ニーナ。興奮のしすぎだ」

 マックスが私の額に触れた。

「頬が赤いと思ったら、やはり熱が上がっている」

「……」

 マックスは私の肩に手を掛け、やや強引にベッドへ寝かしつけられる。

「……この体、すぐに動けなくなっちゃう。悔しいな」

「それでも以前よりは、ずっと顔色がいい」

「そうなの?」

「あぁ、ニーナがきちんと食事をしてくれるおかげだ」

 スッとマックスが私の上へかがみこみ、顔を近づける。

「!?」

 吐息がかかるほど近い。まつげの数も数えられそうだ。

「な、に?」

「……」

 マックスの澄んだ蒼色の瞳が、私の目をまっすぐにのぞき込んでいる。

(え? なになに!?)

 好きな顔がこんな至近距離にあって、冷静でいられるわけがない。早鐘を打つ心臓の音を聞かれまいと、私は布団の上から抑え込んだ。

 やがてマックスは上体を起こすと、手袋のずれを直した。

「白目の部分もきれいな色になってきた。健康に近づいてる証拠だ」

(は!? 診察!? 今の診察だったわけ!?)

 無駄にドキドキさせられ、それが空振りに終わったことに、軽い落胆と苛立ちを覚える。

(なんなのよ、もう!)

「ふ……」

 マックスが目を細め、私を見ている。口端をわずかに緩めて。

「何か面白いことでも?」

「どうだろうな」

 マックスは手早く食器類をまとめると、一礼して扉へと向かった。

「お前はもう少し寝ていろ。俺はイギーを見舞ってくる」

「あ、なら私も……」

「無理をするな。人間は俺たちWBと違い回復に時間がかかる」

「……うん」

 ついて行きたい気持ちは本当だったが、体が鉛のように重いのも事実だ。ベッドに身を預けていると、そのままずぶずぶと沈んでいきそうだった。

(マックスは数時間前に負った傷が、もう治ってるのに……)

「では、失礼する」

 扉の向こうへマックスの姿が消える。その瞬間、意識は白く塗りつくされ、私は夢の世界へと落ちて行った。

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