第16話 売り言葉に買い言葉
「ほぉ、イギーを買い取りたい、と」
マックスに連れられて、イギーのオーナーに会いに行った私は目を見張った。
(オーナー専用エリアで、マックスの仕合の時に私を睨んでいた人!)
そして彼の名がベネディクト・ツィヴと知り、さらに驚く。
(120万プレティを支払った相手、つまりマックスをニナから取り上げた人……)
そしてマックスを処分しようとした男だ。
「イギーは8万プレティだったな。代金ならここにある」
マックスがテーブルに紙幣を並べる。
「……先ほど、私のディルクを倒して手に入れた金か」
「あぁ、そうだ」
「チッ」
ツィヴは忌々し気に舌打ちをした。汚いものを見る目で紙幣を見下ろす。
「ねぇ、世間知らずの箱入りお嬢様?」
急にわざとらしく相好を崩したと思うと、ツィヴは私に顔を向けニタリと笑った。
「前にも申し上げましたが、あなたは
「はぁ……」
(前に?)
記憶にはない。
(多分、ニナが言われたんだろうな)
齟齬があっても困るので、私は曖昧に笑って見せる。そんな私を見て、ツィヴは鼻を鳴らした。
「WBは戦争をするしか能のない生き物なんですよ。だのにあなたは執事などという分不相応の役割をこのWBに与え、家の中の重要事項の全てを任せている。ニナお嬢様、もう少しご自身の上等な頭で考えてみられてはいかがですか? 今、あなたの道具は、勝手にあなたの財産を浪費しようとしているのですが?」
(ぁあん?)
「! 貴様……!」
あからさまに煽ってくるツィヴに、マックスが怒りをにじませる。けれど、腹を立ててるのはこちらも同じだ。
「これ、私の金じゃないんで、いーんです」
「は?」
恐らくニナが口にしたことがないであろう、ぞんざいな口調で言ってやる。
「これはマクシミリアンが、あなたのディルクを見事に倒して稼いだファイトマネーなんで、使う権利は彼にあるんですよ。ここまで理解できます?」
「な……」
「あなたのディルクを倒して」のところをわざと強調して言うと、ツィヴの顔が朱に染まった。
「この……!」
「あと、WBは戦うしか能がないと言いますが、ウチのマクシミリアンは大変優秀な執事でしてね。あなたはWBの能力を評価していないようですが、それはつまりあなたがマクシミリアンレベルのWBを手に入れられてない、って認識でよろしいですかね?」
「ニー……、ニナ様?」
「ぐっ、小娘ぇ!」
ちょっと攻撃的になりすぎたかもしれない。マックスすらちょっと引いてる。けれど小馬鹿にされてムカッときた分くらいは言い返しても許されるだろう。
「……ま、まぁいい」
苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、ツィヴは感情の昂りを抑え込む。その辺はさすが上流階級様だ。
「いいでしょう、ニナ・クモイ嬢。あなたの望み通り、イギーはこの金額でお譲りいたします」
「ありがとうございます」
「ただし」
ツィヴの声が私の言葉を遮る。
「あのイギーは、私の元へ来てから一度も私を稼がせてくれてないんですよ。せめて最後に一度、私のファイターとして仕合に勝ってもらいたい。引き渡しはその後でいいですかな?」
(は?)
「空々しい! 貴君がイギーに一度たりとも機会を与えていないことは知っているぞ!」
「それに不要WBとして通路に出品してたくせに、急に惜しまないでよ!」
「さて。何と言われましても、あの者はまだ私の所有物ですので、私に決定権があるのですよ」
ツィヴはわざとらしく肩をすくめる。
「イギーの引き渡し条件はただ一つ。奴が試合で一勝でもすること。いかがです?」
「……」
私はマックスをふり返る。マックスは眉根に深いしわを刻みながらも、私にうなずいて見せた。
「……わかりました」
「ではニナ嬢、お支払いはその際に」
言ったかと思うと、ツィヴの手がテーブルの上の紙幣を乱暴に払いのけた。
(あっ!)
床にはらはらと落ちた紙幣を見て、拾おうと反射的に動いた私をマックスが止める。そして代わりに床に膝をつくと彼はさっさとその全てをかき集めた。
私たちが部屋から出ていくまでの間、ツィヴはずっとニタニタと笑っていた。
エレベーターで、再び地下へと向かう。その途中で、イギーがされたという「ベイト」についてマックスから説明を受けた。ベイト、つまり餌だ。他のWBを鍛えるための生贄、生けるサンドバッグのことだと知った時は吐き気を催した。ツィヴが、イギーのあの華奢な体を、他のWBに殴るよう命令したのかと思うと許せなかった。
「本ッ当に胸糞悪い……!」
ドームの最上階にあったツィヴの部屋には絶対に声の届かない地下通路に着くと、私はようやく感情をぶちまけた。
「何なの、あのオッサン! よくもあれだけえげつないこと思いつくよね!」
「ニーナ」
「あのニタニタ笑いも生理的に無理! 存在が無理! あー、キッショ! 気持ち悪っ! 地獄へ落ちろ! 腐り落ちてもげろ!」
「ニーナ、お嬢様の姿で品のない言動はやめろ」
「だって、腹立つもん! あいつ頭から足の先まで血管の中に、血の代わりにヘドロ詰まってんじゃないの!? ドロッドロの!」
「ニーナ、やめ……」
マックスの言葉が途切れる。私が振り返ると、彼はそっぽを向いて肩を震わせていた。
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