第15話 オーナーとしての品格

「こちらが今回オーナー様に支払われる賞金となります」

 窓口に山と積み上げられた札束に、私は言葉を失った。レンガのように積み上げられた札束はまるで壁で、受付嬢の顔が完全に隠れている。

「……ふむ」

 立ちすくんでいる私をよそに、慣れた様子でマクシミリアンは札束を豪快に手元へに引き寄せ確認し、そして賞金のうちのほんの一部を窓口へ押し返す。

「120万プレティだ。これをベネディクト・ツィヴ氏へ頼む」

「マクシミリアン買い取りの代金ですね。承りました」

「あぁ。それから、これが全て入るケースをくれ」

「かしこまりました。五万プレティとなります」

 受付嬢が、奥からごついジュラルミンケースを出してくる。マクシミリアンは代金を支払うと、残り全ての札束を丁寧にその中へ納めた。


「支払いは終わったぞ。ニーナ。帰るとしよう」

「え? え?」

 ケースを軽々と小脇に抱えたマクシミリアンを前に、私はぽかんとなる。

「終わっ、た?」

「俺の買い取りの代金を、今、支払い終えたと言っている」

「……」

「なぜそんな呆けた顔をしている。俺を引き取る代わりにツィヴに120万払うことになっていただろう。忘れたのか」

「忘れては、いないけど……」

 何が何だか、さっぱりわからない。

「本当にあれで払い終えたの? 120万、だったよね?」

「あぁ」

「ほぼ一文無しだったのに……」

「そうだな」

「それに確かこの仕合で手に入るのは、マックスを引き取れるギリギリの額って話だったよね? なに、その札束……」

「対戦相手が三階級も上の相手という特殊な仕合だったからな。その分上乗せされたようだ」

「そう、なんだ……」

 いやいやいや、待って? さっきケース買う時「五万プレティ」って言われて、マクシミリアンはお札を五枚出してたよね? てことは、このお札一枚で一万プレティってことでしょ? それが今、このどでかいケースにパンパンに詰まってるって、億超えてない? 超えてるよね!?

「あちらとしては嫌がらせのつもりだったのだろうが、結果的に俺たちにとってかなり有利に働いたな」

 オッズも相当膨らんでいるという話だった。ひょっとしたら、万馬券的なものだったのだろうか。それにしても、とんでもない量だ。

 我に返り、私はマクシミリアンの正面に回り込むと、その体に目を凝らす。彼が仕合中に負った傷は、すでに塞がっているようだった。ほっと一つ息をつく。

「じゃあ、もうマックスは誰かに連れて行かれたりしないってこと?」

「そうなるな」

 蒼色の瞳に、私が映り込む。

「俺は間違いなくお前のものとなった、ニーナ」

「!!」

 頬が一気に熱を持つ。と、同時に涙が出てきた。

「なぜ泣く」

「……だって、マックスがちゃんと元気に戻ってきてくれたから」

「そうだな」

「お金も払えたし、良かった……」

 私は目元をごしごしとこする。

「初めて会った日の、あの時のマックスは二度と見たくなかった」

「ニーナ」

「抜け殻みたいな顔つきで、一方的な暴力を受けて……、あんな、あんなのもう……、絶対にやだ……!」

 マックスのごつごつに割れたお腹へ額を預け、私は逞しい胴に腕を回した。

「良かった、生きていてくれて」

「……」

 大きな手が、私の頭を包む。

「ニーナ、お前は……」

 マックスは私の肩に手を掛け、自分からそっと引き離す。そして少し困ったように笑い。太い指で私の目尻をそっとぬぐった。

「今のお前は、俺のオーナーだ。しゃんとしろ」

「う、うん」

「人前でWBに抱きつくのも控えろ」

「……ニナの品性に関わるから?」

「そうだ」

 マックスのそっけない返事に、胸の奥がじり、と焼ける。

「ニナ様がWBを愛玩するタイプの人間だと周囲に誤解を生む」

「わかった……」

 彼が心配しているのは、私の言動でニナの評判が落ちることなのだと思うと、少し寂しかった。

 ん? 待って、「誤解」? てことはニナとマックスはそういう間柄じゃないってこと?

「……まぁ」

 思案顔になった私へ、マックスは言葉を続ける。

「人目につかぬ邸内であれば、多少は……」

「モフり放題!?」

 すぐさまテンションを上げ、満面の笑みで目を輝かせた私へ、マックスは呆れた顔つきとなった。

「やはりだめだ」

「えー、なんで!?」

「……ニナ様らしい物腰が身に着くまで、大人しくしていろ」


 着替えを終えたマックスと共に私は、最初の日に訪れたショッピングモールのような通路へ出た。本来ならショーウィンドーがある筈の場所に牢の並ぶ奇妙な場所。そこに足を踏み入れ、私は思わず声を上げた。

「人が、いる……」

「あぁ、そうだな」

 あの日は空っぽだった牢の中に、まばらに人の姿がある。正確には人ではない、獣人――つまりワーブルートだ。

「何、これ……」

「買い取りを待つWBだ」

「買い取り!?」

 よく見れば、WBたちは一様に首から札を下げている。そこには名前やスペックなどに並んで値段が書かれていた。

「オーナーが不要と判断したWBはここで売られる」

「売り払われちゃうの?」

「あぁ。そして買い取りがなければ、一定期間の後に処分される」

「そんな……!!」

 WBたちは私の存在に気づくと、笑顔を浮かべ競うように自らの肉体を誇示し始めた。救いを求めすがるような痛々しい笑みに、私は思わず目をそらす。その姿は、赤い格子の間から必死に艶を振りまく遊女のようにも見えた。

「酷いよ……」

「俺たちは戦争のために生み出された兵器だからな」

「だからって……」

「大多数は戦争の終わりとともに処分された。俺たちは本来、残っていてはならない存在。残っているのは、こんないびつな形で再利用されている俺たちだけだ」

 私は思わずマックスの腕を掴む。

「なんだ」

「再利用とか、残っていちゃいけないなんて、言わないで」

「……」

「あなたを大事に思ってる、……ニナが悲しむよ」

「……。そうだな」

 左右に並ぶ格子の向こうには、魅惑的な笑顔が並んでいる。その作り上げられた表情の中で、眼だけが怯えたように揺れていた。

「ここにいるみんなも、救い出してあげられたらいいのに……」

「そんな簡単な話ではない」

「うん……」

 恐らく、今マックスが手にしているお金があれば、買い取れなくもないはずだ。だけどそれはマックスが命懸けで稼いだファイトマネーだ。私が勝手に使うわけにはいかない。それに彼が言うように、簡単な話でもないのだろう。

 救いを求めるようにアピールを続けるWBたちの視線を背にちりちりと感じながら、通路を進む。ふいにマックスが足を止めた。

「マックス?」

「……!」

 マックスが牢の一つに駆け寄る。肉体を見せつけるWBたちの陰に隠れるように、牢の隅でうずくまる個体があった。

「イギー!!」

 マックスがイギーと呼んだ相手は小柄で、リスのような姿をしていた。

「イギー、俺の声が聞こえるか!?」

 リスのような少年が、うっすらと目を開く。

「マクシ……ミリアン……」

「良かった、生きているな」

 イギーが寝返りを打つと、あばらが浮き出ている様子がはっきりと見えた。全身のあちこちに傷が見える。首から下げられた札に書かれた値段は、他の者に比べ酷く安い。

「イギー、まさかベイトにされたのか!?」

「あは……、そう。それにごはん、もらえなくて……」

 イギーの上下の瞼がそっと合わさる。

(ベイト?)

「そろそろ、限界……」

「イギー!!」

 マックスが鉄格子から手を離し、私をふり返る。

「ニーナ、頼みがある」

「な、なに?」

「所有物に過ぎぬWBの俺がこんなことを言うのもおこがましいが、お願いだ。あのイギーを買い取ってほしい!」




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