第14話 マクシミリアンの実力
「おらおらおらぁあっ!!」
ディルクの声とともに白刃が閃き、攻撃が雨あられとマクシミリアンの頭上に降り掛かる。
(早い……!)
剣を振り下ろしたと思った次の瞬間、ディルクはもう新たな攻撃態勢に入っていた。
「やり返して来いや、おらぁ!! はっはぁ!!」
絶え間なくマクシミリアンに襲い掛かる鋭い剣戟。そのスパンがあまりにも短い。嬉々として刃を振るうディルクの瞳に宿るのは、相手を食い殺さんとする肉食獣の光。戦闘狂、という言葉が相応しかった。
だが、マクシミリアンはそれらを冷静に全て防ぐ。ディルクの動に対し、マクシミリアンは静。だが、最小限の動きでありながら、ディルクの何百という攻撃の手はマクシミリアンの体に届く前に阻まれる。
ステージのあちこちにマイクが設置されているのか、ファイターの動く音や声はクリアに客席に届いていた。
「なぁマックス、ちゃんと闘えよ! あんたとは一度本気やり合いたかったんだ! 戦場で隣を走っていた時からよぉ!」
「……」
「そんな取り澄ました顔してねぇでよ! なぁ! 戦ってくれよ、なぁ!」
ディルクの口元は、嬉しくてたまらぬというふうに大きく裂けている。
「そうだな」
マクシミリアンが薄く笑った。
「ここで俺が勝たねば、ニナ様にご迷惑がかかる」
ダン!と大きく足を踏み出し、マクシミリアンは刃をディルクに叩き付ける。ギィンという鈍い音が場内を震わせた。客席にどよめきが広がる。
「……本気で行くか」
「ヒュウ、さすがに重ぇ」
マックスの攻撃を防ぎ、ディルクは牙を見せて嬉しそうに笑う。
「あぁ、いいねぇ」
ディルクの口から恍惚とした声が漏れる。チロリと赤い舌先が唇を辿る。
「たったの一撃でこんなにも腕が痺れやがる。この刺激をくれんのはマカイロドゥス型だけだ」
「……」
「だからこそ!」
素早い動きでディルクはマクシミリアンから距離を取る。
「てめぇを徹底的にぶっ潰して、最高グレードの名をオレのものにしてやる!!」
言葉が終わるか終わらぬかのうちに、再びディルクはマクシミリアンに襲い掛かる。
「おらおらおらおらぁ!!」
軽やかなステップでディルクは目まぐるしく位置を変え、四方八方からマクシミリアンに攻撃を加える。
「てめぇの剣は重いが、ノロいんだよなぁ!!」
「……」
いつしか、マクシミリアンの体のあちこちに赤い筋が入っている。
深手ではないが切っ先が皮膚を裂き、そこから糸のように血が流れ出していた。
「いいぞ! 行け!」
「ディルクー! そのままやっちまえ!!」
「ディルク! ディルク!!」
場内の割れんばかりの歓声を受け、ディルクの動きはますます切れ味を増した。
――このままではマクシミリアンが殺されてしまう――
ニナの声を思い出し、私はギクリとなった。
(いやだ)
マックスは、ディルクからの決定的な攻撃こそ防いでいるようだ。だが、その身に刻一刻と傷が増えてゆくのが遠目にも見て取れる。ディルクの目にもとまらぬ動きは、マックスの防御を凌駕していた。
(いやだ、マックス、負けないでよ)
――俺を信じて、競技場に送り出せ――
(そう言ったじゃない!)
心がビリビリと痛む。ディルクの攻撃がマックスを傷つけるごとに、こちらの心も切り刻まれて行くようだ。思わず立ち上がり、私は叫んだ。
「マックス! 勝って!!」
マックスがちらりとこちらへ目をやる。そして口端を上げた。
「承知!」
マックスは襲い来る刃をはじくと、ディルクの腹部に鋭い蹴りを入れる。
「おっとぉ!」
そんな攻撃は見え見えだとばかりに、ディルクはにやりと笑い飛び退った。だがマクシミリアンもすぐさまディルクに飛び掛かり距離を取らせない。再び激しく打ち合う、重い金属音。だが。
――ギィン!
二人の獣人のパワーに耐え切れず、互いの剣が破損する。マックスとディルクは迷うことなく各々の剣を手放し、徒手空拳の戦いに移った。
ワァアァアアアァアアア!!
野蛮で原始的な戦いに会場は盛り上がる。手すりを激しく叩き奇声を上げる観客の様もまた、理性を失った獣そのものだった。
やがてマクシミリアンの重い一撃に、ディルクが僅かに身を反らす。その隙を、マクシミリアンは逃さなかった。
「ハッ!」
ディルクのあごへ、マクシミリアンは掌底を叩き込んだ。
「ふぐッ!!」
ディルクの体が後方へ吹っ飛び、したたかに背を打ち付けバウンドする。たった一撃。だがディルクが起き上がってくる様子はなく、ぐったりと身を地に預けている。観客席から悲鳴が上がった。
『お……』
ぽかんとした表情でディルクを見つめるアナウンサーに、マクシミリアンは静かな声でうながす。
「カウントだ」
『え、あ……』
マクシミリアンは折れた剣を拾い上げ、城内アナウンサーに突きつける。勢いで破片が飛び、アナウンサーの耳を掠めた。
『ヒッ』
「脳を揺らしてやった。しばらくは動けんはずだ。カウントを取れ」
『……。1,2……』
しぶしぶながらもアナウンサーがカウントを始める。数字が大きくなるごとに、観客席から失望の声が上がり、やがてそれは怒りを含んだ罵声へと変化した。
「ふざけるな!! 俺はディルクに賭けてたんだぞ!!」
「なんでお前が勝つんだ!! この連敗野郎が!!」
「ディルク、立て!! ロートルなんかに負けるな!!」
(マックス……!)
マックスは目を閉じ、そよ風にたてがみをなびかせる風に、ただ時を待っている。私は倒れたままのディルクに目を向けた。ディルクは天を仰ぎ、もぞもぞと指先を動かしているが、起き上がってくる様子はない。
(お願い、このまま立たないで……!)
組んだ指にキュッと力を込めた時だった。
『……10』
カウントが終わる。絶望の声が場内を埋め尽くした。アナウンサーが忌々し気に、マックスの勝利を告げる。
(勝った……)
ほっと息をつき、指に込めていた力を抜く。その途端、ドレスの背の部分がひたりと冷たく身に貼りついた。どうやら知らぬ間に、全身にびっしょりと汗をかいていたようだ。
ふと先ほど視線を寄こしてきたディルクのオーナーであろう人物が気になり、そちらへ目をやる。
(うわ……)
憎悪を込めに込めた眼差しが、私をまっすぐに貫いていた。
(さっさとこの場から逃げよう)
四方八方から飛んでくる耐えがたい罵詈雑言が耳を焼く前に、私はステージを降り歩み寄って来た勝者――マックスと共に通路へと移動した。
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