第13話 仕組まれた仕合

 マックスを送り出し、観覧エリアの一階にあるオーナー専用席に向かう。私に気づいた観客たちの間からひそひそとした囁き声が漏れたが、それらを無視して腰を下ろした。

 闘技場の中央では、あの日見たのと似た光景が展開されていた。今戦っているのは、黒いイタチのような獣人と、ハリネズミのような獣人だ。スタッフたちとそれほど大きさが違わないところを見ると、WワーBブルートの中では小柄なのだろう。

 殴られ、もんどりうって倒れ、そして吹き出す血にまみれる獣人の男たち。観覧席からステージまでは距離があるが、ぐるりと設置されたモニターが戦う二人の様子を克明に映し出していた。

「……っ」

 まともに見ていられず、思わず口を押さえ目を背ける。

(今から、ここにマックスが……)

 始めて彼を見た時の、抜け殻のような姿、死んだ目、一方的に受けた暴力を思い出す。

 ゲームでさんざん選んできた「出撃」「迎撃」のコマンド、そして「勝利」「敵を倒しました」の文字が、どれだけソフトな表現だったかと気づかされた。


『さて、Cランク最後の仕合となります』

 突如耳を刺すアナウンスに、私はびくりと身をすくめた。

『クモイ家衰退の象徴、その哀しき亡霊! 最高グレードの誇りは一体どこへ!? 連戦連敗のマカイロドゥス型ファイター、マクシミリアーン!!』

 そのアナウンスに場内から嘲りの声がどっと上がる。

(いちいち腹立つなぁ……)

 私は唇を噛みしめ、こぶしを握る。悔しさに、熱が頬を走った。

(あのニヤケ顔に一発叩き込んでやりたい!)

 残念ながら、ニナのこの弱々しい体では、大したダメージを与えられそうにないが。

 一方マックスはと言えば、これらの揶揄を気にする風もなく堂々たる姿で入場してくる。

(マックス、絶対に負けないで……!)

 指を固く組み、額の前で祈った時だった。

『本来であれば、Cランクファイターであるマクシミリアンの対戦相手は、同ランクのファイターとなりますが、今回は特別な趣向で皆様に楽しんでいただきたいと思います!』

(特別な趣向?)

 額の高さに掲げていた手を下ろし、私はステージの中央に目をやる。

『落ちぶれたとはいえ、痩せても枯れても彼はかつての名家クモイ家最高傑作のWB、マカイロドゥス型! 並みのファイターでは釣り合いが取れないでしょう!』

(な、何を言いだすの!?)

『そこで!』

 アナウンサーが大仰な仕草で入退場口を指し示す。その瞬間、会場のライトが消え、場を闇が支配した。

「!?」

 真っ暗な中、一ヶ所だけ四角く切り抜かれたように輝く入退場口。そこへ一つのシルエットが浮かび上がる。モニターに映し出されたそのフォルムに、観客席から歓声があがった。

「ディルクか!?」

「そうよ、あの耳はディルクだわ!」

(ディルク?)

 初めはまばらだったものの、時を置かず場内はディルクコールに包まれる。ライトがファイターを克明に浮き上がらせると、彼を称える声は最高潮に達した。

(あれが、ディルク。マックスの対戦相手……)

 見た目は狼っぽい。歩くたびに揺れるしっぽは重たげだ。体格はマックスにやや劣るものの、鍛え上げられた筋肉が彫像のような影を作り上げている。何より印象的なのは好戦的なその双眸だ。戦いに際し、爛々とした輝きを放っている。最高級のご馳走を目の前にしたかのように、嬉しげに舌なめずりするのが見えた。

 彼の放つ異様な闘気に、肌が粟立つ。寒くはないのに背中がゾクゾクした。

 狼獣人が中央に到着するに合わせ、照明がつく。

『対戦するのはダイアウルフ型の星、Sランクファイターのディルーク!!』

 場内アナウンサーの言葉に、場内は再び湧き上がった。

(Sランク!?)

 私は思わず腰を浮かす。

(マックスはCランク、一番下のランクだよ!? 何考えてんのよ!?)

 私はマックスを見る。彼は特に動じる様子もなく、静かな眼差しを対戦相手に向けていた。

(大丈夫、なの?)


 ふと誰かの視線を感じ、私はそちらをふり返る。オーナー席に腰かけた壮年の男がニヤニヤと笑いながら、こちらを見ていた。

(ひょっとするとあの人が、ディルクのオーナー?)

 この不公平な試合を仕組んだのは、この人だろうか。

 私は両手の指を固く組み、膝の上へと下ろす。力を込めていなければ、震えが止まらなかった。不安と怒りで。

(嫌な笑い……)


『ご存じこちらのディルク、マクシミリアンと同様クモイ社製のWBでございます』

(え?)

 アナウンサーの言葉に、私は闘技場へ視線を戻す。

(対戦相手も、クモイ社のWBなの? じゃあ、仲間じゃ……)

『ダイアウルフ型はその俊敏で鋭い動きから、クモイ社無き今でも高額で取引される大人気のWB! 彼こそ最高グレードと言われたマカイロドゥス型と戦うに相応し……』

『おい』

 マイクが、アナウンサーとは違うハスキーな声を拾った。

『おしゃべり野郎が。ご託はいい、さっさと戦わせろ』

 声の主はディルクだった。

 場内アナウンサーの笑顔が引きつる。忌々し気な目線を一瞬ディルクに送ったものの、取り繕うようにくるりと軽やかに観客へ向き直り声を張り上げた。

『漲り逆巻く闘志は、もう抑えがきかない様子! それでは開始いたします!』

 剣を手にした二人の獣人が互いに歩み寄り、キィンと澄んだ音を立て刃をぶつけ合う。その瞬間、仕合は始まった。

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