第12話 あの日見た無残な姿
「オーナー、ニナ・クモイ様、ファイター、マクシミリアンで登録を受け付けました」
受付嬢が、私たちのデータを機械に入力している。
「では、ご武運を。行ってらっしゃいませ」
「は、はい……」
数日後、私たちは再びあの地下コロッセオへと足を踏み入れていた。マックスを仕合にエントリーするために。
(本当に登録出来ちゃった……)
この世界のことは数日の間に、マックスからある程度教わった。まずここは、科学や機械が発達した高度な文明を持つ世界であること。そして、古風な姿や生活様式は上流階級の人間の娯楽の一つであるということ。マリー・アントワネットが離宮の敷地内に、田園地帯を模したアモーを作っていたのと近い感覚かもしれない。
私の今の姿は、ニナ・クモイ。かつて軍需産業で多くの財を成した大企業クモイ社、その創設者の孫娘だそうだ。隆盛を誇ったクモイ社ではあったが、戦争終了以降時代の流れについて行けず縮小を繰り返し、ついには倒産してしまったとのこと。
そして例の闘技場での仕合だが、やはりと言うか非合法のものであるらしい。上流階級の人間による、会員制の趣味の悪い催しだ。存在はうっすらと噂程度に世間に知られているものの、都市伝説の扱いに近い。だが間違いなくこの闇のイベントは地下で密やかにそして華やかに開催されており、日々、獣人たちは命がけの仕合を強いられている。
「ねぇ」
私は傍らのマックスを見る。露出度の高い剣闘士の衣装から、マンダリンオレンジの獣毛に覆われた筋肉が盛り上がっている。出会った日に負っていた傷はほとんど癒え、やつれていた体には厚みが出ていた。彼はこれから再び、あの死闘に挑むのだ。
「本当に、出場して大丈夫?」
「あぁ」
マックスは指の関節をほぐしながら、通路を進む。私は不安な気持ちを抱えたまま、彼の後を追った。
――あの闘技場に連れていけ。俺がファイトマネーを稼ぐ――
彼がそう言った時、私は呆気にとられた。まだ支払いをしてもいないマックスを出場させられるのかと思ったが、そこは問題ないらしい。アナウンサーが口にしていた「特別に後払い」の文言も、影響したようだ。ローンを支払い終えてない家や車を、自分のものとして扱っていいのと同じかもしれない。
(それにしても……)
出会ったあの日、マックスが一方的に蹂躙されていたのを思い出す。そして、場内アナウンサーが口にしていた言葉も。
「あの、ここでお金を稼ぐなんて少し無謀じゃないかな?」
「無謀?」
「だって、マックス……ボロボロだったよね、あの日」
「……」
「勝たなきゃ、お金にならないんでしょう? でもあの日、アナウンサーが言っていた。あなたは連戦連敗だって」
「そうだな」
「そうだな、じゃないよ! お金にならないだけじゃなくて、マックス今度こそ殺されちゃうかもしれない。そんなの……」
私は逞しい腕に手をかける。
「私、いやだよ」
マックスは落ち着き払った様子で私を見下ろしている。その様が、一層私を苛立たせた。
「だいたいこんな催し物、おかしくない? 上流階級の娯楽の一つって言ったって、趣味が悪すぎるよ。人と人が殺し合うのを見て、平気どころか大喜びなんて。みんなどうかしてる! この世界の法律はどうなってるの!?」
私の言葉に、マックスは怪訝そうに首をかしげる。
「人と人? お前は何を言ってるんだ」
「何って」
「ここで戦うのは皆
「えっ」
「俺を見ればわかるだろう。こんな姿の人間がいるか?」
(確かに人とは違うけれど……)
ニナの幽霊にマックスを見せられてこの世界に来たから、てっきりこの世界には獣人が存在しているものだと疑いもしなかった。
(マックスが……、戦争用の人工生命体?)
「……知らなかったのか」
私はうなずく。マックスは肘を軽く引き、私の手を払った。
(戦争のための人工生命体、わーぶるーと……
――かつてはクモイ社製の中でも最も性能に優れた
ここへ始めて来た日、アナウンサーが口にしていた言葉を思い出す。
(マックスは、ニナの祖父が戦争のために作り出した存在……)
「俺たちは戦うためだけに生み出された道具だ、人間じゃない。だから、たとえこの身に何かあったとしても悲しむ必要はない。道具が破損した、ただそれだけのことだ」
「っ!! そんな……!」
私は慌てて、もう一度マックスの丸太のような腕へ、両腕でしがみつく。獣毛の下には壁面に絡むツタのように、血管が浮き上がっていた。そこには間違いなく生命が息づいている。
「そんな顔をするな、ニーナ、離せ。何かあると言うのは、たとえばの話だ」
「離せないよ! だってあの日のマックス、なにも出来なくて、本当に殺されそうだった……!」
「……」
取りすがる私をあやすように、マックスは私の手をポンポンと軽く叩く。
「あれは俺の実力じゃない。ニナ様から何もかも奪った男のために、びた一文たりとも稼ぎたくなかっただけだ」
「……」
「俺は闘える」
その蒼色の眼には、強い光が宿っている
「……嘘じゃない?」
「嘘じゃない」
「ニナに黙って勝手に自分を売った時みたいに、大切なことを隠してない!?」
「……信用ないな」
マックスは苦笑いすると、やや強引に腕を引き抜いた。
「俺を信じて、競技場に送り出せ。さんざん負けを重ねておいたから、俺のオッズは相当なものになっている。恐らく、俺を買い取れる値段くらいにはなるはずだ」
「……」
「行ってくる」
「えっ? あ、マックス!」
マックスは大股でさっさとファイターの控室へと向かってしまった。重い扉の向こうに、広い背中が消えた。
(本当に、大丈夫だよね?)
固く組んだ指の下で、既にてのひらはじっとりと汗ばんでいた。
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