第4話 欧風ファンタジーの世界……じゃない!?


「…………は?」

 蒼白い月光の差し込む見知らぬ部屋の中、私はベッドに横たわっていた。

(え? 今の今まで自分の部屋にいた、よね?)

 ゆっくりと身を起こし辺りを見回す。ベッドは天蓋付き、サイドテーブルには水差しとグラス、それに薬らしきものが置いてある。室内は全体的に絵本やファンタジー作品の中で見る、貴族の屋敷のようだ。いわゆるロココ風というやつだろうか。ただひどく殺風景に見える。広々とした壁には、日焼けを逃れたと思しき白く四角い跡がいくつも並んでいた。

「どういう……」

 胸元を見下ろしぎょっとなる。大量ではないが、血と思われる茶色の点々がそこにあった。よく見れば、ベッドの敷布にも同じようなシミがある。

「やだ、ちょ……」

 気味が悪くなりベッドから滑り降りようとした時だった。

「うわっ!?」

 酷い眩暈を起こす。転ぶ前に床にしゃがみ手をついたものの、体に力が入らない。

「何これ……ヒュッ!?」

 何気なく首を横に傾け息を飲む。青白い顔で髪を振り乱した、幽鬼のように瘦せこけた女性がそこにうずくまっていた。

(あ、さっきの……)

 私の部屋に出現した姫の霊であることに気づく。何気なく彼女の方へ手をのばすと、爪がカツンと音を立てた。

「……?」

 少し置いて、目の前にあるのが鏡であることを理解する。

「え、じゃあ、これ……」

 私は手を見下ろし、握ったり開いたりしてみる。骨と節の浮いた、痩せこけた小さな青白い手は、間違いなく私の意思通りに動く私の手だった。

「えぇえぇえええぇええ!?」

 私は鏡ににじり寄り枠を掴む。私が頬に触れれば、鏡の中では青白い女が同様に頬に手を添え、髪をかき上げれば、やはり鏡の女もパサパサの髪を後ろへと撫でつけた。ふと、右腕に古い傷跡らしき薄桃色をした三本の肉の凹みを見つける。それは鏡の中の女の腕にもあった。

「これ、私なの?」

 鏡の中にいるのは、先ほど部屋に出現した姫の幽霊の姿だ。それが今、私の体となっていた。

「なんでぇ? 意味が解らな……」

 その瞬間だった。突如胸が激しく締め付けられる。

「う……、何……?」

 胸に湧き上がったのは「焦燥」の念。「行かなきゃ」という気持ち。

(行くって、どこへ?)

 疑問符が頭に浮かぶものの、いてもたってもいられない気持ちで胸が焼かれそうになる。

(もしかすると、さっきあの霊が『助けて』って言っていたことに関係してる?)

 光球の中の、執事服を着た獅子頭の獣人が頭に浮かぶ。ジリッと胸の奥が焼けた。

(『殺される』、そう言っていた……)

 私はクローゼットを開いて比較的綺麗なドレスに着替え、手近にあったケープを肩に羽織る。

「こんな感じで大丈夫かな」

 行くべき先はきっとこの体が知っている。根拠はないが、確信に近い気持ちがあった。現状を理解するのは後でいい。今行かなければ、あのイケ獣人を失うことになる。

(させてたまるか!!)

 私はドレスの裾を翻し、扉から転がり出た。


(い、息、くるし……)

 喉をヒューヒュー鳴らしながらも、何とか目的地へ辿り着く。私は夜空の下で黒々と立ちそびえるドーム状の建物の前にいた。ここまで自分の足で来たため目は回り、膝はガクガク震えている。

(こ、この体、弱っ)

 わずかでも気を抜けばすぐにもくずれ落ちてしまいそうなほど、手足に力が入らなかった。勢い込んで走り出したものの、すぐにそれは歩みへと変わり、ここに着くころには足を引きずるようにヨタヨタと進むしかなくなっていた。


(それにしても、何なのこの世界……)

 私はここに辿り着くまでのことを思い出す。

 息を切らせながら屋敷の中を駆け抜け、敷地から一歩踏み出したところで、私は目の前の光景に愕然となった。そこに広がっていたのは、屋敷の造りや服装から想像するような近世ヨーロッパ風の牧歌的なものではなかった。

 SFや近未来都市と言った風情の建築物がずっと先まで立ち並んでいる。振り返れば西洋ファンタジーに出てきそうな貴族屋敷、前を向けばSFチックでメタリックな世界。脳がバグったのかと、またも眩暈を起こしそうになった。

 気づけば、道行く人がこちらを見てクスクスと笑っている。彼らの服装は、私の元いた世界のものにかなり近かった。それにひきかえ場違いのお姫様ドレスで立ち尽くす私。イベント会場以外の場所に迷い出たコスプレイヤー状態だった。

 恥ずかしくなり、一旦着替えに戻るべきかと屋敷につま先を向けてはみたが、イケメン獣人の命がかかっていることを思い出す。私は考え直し、ヤケクソ気味に再び前進した。体が導くその先の、巨大なドームに向かって。

(きっとここにマクシミリアンが……)

 体の導くままドームの裏手に回り、懐にあった謎のカードを読み取り機にスラッシュした。カコッと音がしてロックが解除される。重い扉を渾身の力を使って押し開き、私は中へと入った。


 長いエスカレーターを下った先には通路が延びていた。

(何、これ……)

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