第2話 サ終って絶望するよね!

 *『亜人騎士団幻想曲』サービス終了のお知らせ*

『亜人騎士団幻想曲(デミットナイツファンタジア)』は、3月31日をもちましてサービスを終了することになりました。

 1年間のご愛顧、まことにありがとうございました。


「イヤァアアアアアァアアァアアア!!!」

 お気に入りゲームの、公式アカウントからのサ終のお知らせ。たった数行の素っ気ない文章を、真っ白になった頭で無理やり咀嚼したのちに、私――南雲なぐも新菜にいな――は悲鳴を上げていた。

「うそ! うそでしょ!? うそぉおおお!!」

 震える指で私はSNSに想いを叩き込む。


『ウソウソウソウソありえん! デミファンがサ終!? 信じたくない! 泣く!!』

『デミファンが終わってしまう、うわぁああぁああぁん!!』

『この間1周年をお祝いしたばかりじゃん!! なんでなんで!?』

『いやだいやだ、お布施足りなかった!? 私の心のオアシスが!!』

『闘士のみんなが!! ライアンとの甘やかで幸せな日々がぁあああ!!!』

『サ終したら、ライアンの声聴けなくなる!? 運営様、オフライン版出してぇええ!!』

『せめて書籍でイベントCG集を!! ボイスとサントラをCDで残してぇえ!! 買うから! 絶対買うから!!』


 フォロワーさんのタイムラインを汚しているのは分かっていたけれど、荒れ狂う感情を放出せずにはいられなかった。こうでもしなければ、マンション中に響く声で叫び続けてしまいそうだった。

「うぅうう、嫌だぁあ~……」

 ひとしきりSNSに吐き出した後、私は『亜人デミット騎士団ナイツ幻想曲ファンタジア』を開きデータの保存を始める。

(イベントは全部スクショするとして。ライアンとのイベントは絶対にボイス付きで残したいから、再生しながら録画だな。恋愛イベと、ライアンがメインのイベと……、スマホの容量足りるかなぁ……)


亜人デミット騎士団ナイツ幻想曲ファンタジア』、通称『デミファン』は女性向けソーシャルゲーム、いわゆる乙女ゲーと言うものだ。主人公は騎士団の指揮官となり、育成した男たちを率い、国へ攻め入ってくる敵と戦わせることとなる。けれど『デミファン』は乙女ゲーの中でもかなり異質な存在だった。攻略キャラの全てが亜人、普通の人間ではないのだ。

 人外の攻略キャラなんて、特に珍しくないと思うかもしれない。確かにそうだ。吸血鬼やエルフ、普段は人間の姿だけど月を見ればケモ耳と尻尾のパーツがちょこんと増える「人型イケメンにちょっとしたパーツがついている」レベルの亜人キャラなら、割とあちこちで見かける。そして『デミファン』にもそのタイプのキャラはいる。けれどこの作品において攻略キャラの8割を占めるのは、全身がモフモフで獣頭人身タイプの獣人、ウロコに覆われたリザードマン、ゲル状の軟体生物、アンドロイドなど。人型イケメンからはかけ離れた姿の青少年なのだ。中には性別の存在しないキャラもいる。

 私の最推しのライアンは、獅子の頭を持った身長2mの獣人だ。要するに『デミファン』は、かなりニッチな層狙いの作品と言える。

 ゆえに幅広い支持は受けにくいが、一部、私のようなムキムキ好きのケモナーにはものすごく刺さる作品だった。他に類を見ない作品だからこそ、私たちはすがるようにこの『デミファン』を愛してきた。サービスを続けてほしくて、少ない収入の中から何とか捻出し毎月課金も続けてきた。

(それなのに……!)

 ソーシャルゲームにおける「一年の壁」を超えられたと思いきや、突然のサービス終了宣言。やはりそもそものユーザー数が、サービス維持には足りていなかったのかもしれない。

「うぅ……」

 私は涙目で『デミファン』のデータを保存し続ける。時おりSNSのフォロワーから、先ほどの私の錯乱状態に対する心配のコメントが入り、その通知が撮ろうとした画面に割り込んでくる。私は全てを記録するまで通知を切ることにした。

(あとで運営さんにもお礼のメッセージ送ろう……)

 サ終が決まってしまった以上、私たちユーザーに出来るのはこれまでの感謝を伝えることだけだ。要望をあれこれ押し付けても、開発チームの人につらい思いをさせるだけだろう。


「はぁ……」

 データの保存を始めてどれくらい経っただろう。作業しながら飲むつもりだった紅茶はすっかり冷めてしまっている。時計を見ると日付が変わっていた。

(そろそろ寝なきゃ……)

 明日の仕事に差し支える。これまでは『デミファン』にお布施するためと、毎日自分を奮い立たせてきたけれど。

(生き甲斐、見失っちゃったなぁ……)

 寝る準備を整え、どさりとベッドに体を投げ出す。

(『デミファン』を……、騎士団のみんなを……)

 目を閉じる。最推しのライアンの顔が浮かんだ。

(ライアンを……、誰か助けてよ……)

 雄々しい獅子のたてがみに、猛々しくも誇り高い獣人の闘志。一年間、私の心の支えでいてくれた二次元の恋人。

(ライアンとお別れしたくないよ、助けて……!)


 その時だった。

 ――たすけて――

(え?)

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