最終日①

「ルイ、来てくれたんだ!」

喜んだ優花からは、昨日の気配は一切感じられなかった。

昨日は夢だったのではないかと思うほど、明るい笑顔。

だがしかし、不規則に切られた髪が、それが夢ではないことを残酷にも示していた。


「ねえ、ルイ、見てよ」

そう言って優花は空を見上げた。僕もそれに倣う。

壮月の晴天には、僕らが泳いだクジラ雲が誇らしげに青い空が泳いでいた。

「すごいなあ、私、あそこに居たんだよ」

感慨を噛み締めるような言い方だった。


「ねえルイ、もう一度だけ、空に行かせてよ。約束したでしょ?」

約束という優花の言葉に胸が痛くなる。


そう、僕らは約束した。

でももう、守ることはできないんだ。

だって今日君は、死ななきゃいけないのだから。


胸の内で言葉を吐くだけで、優花に対しては曖昧に微笑むことしかできなかった。


なんて卑怯なんだろう。

自分の矮小さに嫌気が差す。


僕の反応で次がないことを悟ったのか、優花は嘆息した。

諦めたように笑う彼女に、僕はどうすべきかわからなかった。


風で優花の髪がなびく。と言っても、髪は短く、前のようなゆらりと踊ることはなかった。


「ねえルイ、助けてよ」

またもや、唐突な言葉だった。僕は毎回のように、反応に困る。

「ルイは天使なんでしょ?天使の力で、私を助けてよ」


「……僕は天使なんかじゃないんだ」

泣きそうに笑う優花を見て、自然と言葉が出てきてしまっていた。

こんなこと言うべきではない。

わかっていても、止めることなんてできなかった。

「僕は本当は、死神なんだ。死の運命にある人の、最期の五日間を見守るのが僕ら死神の役目なんだ」

優花は何も言わない。黙って、僕の目を見据える。彼女を苦しめる青色の瞳は、そのまま僕らの泳いだ空に見えた。


「…じゃあ私、今日で死ぬんだ」

納得しているような言い方だった。やっぱり、自死を選ぼうとしていたのだろうか。


優花はもう一度空を見上げる。何秒かしたのち、視線を僕へと落とす。


「ルイ、お願いがあるんだけど」

優花は笑っていた。


「私を殺して」


とても暖かい響きだった。

死なんてものからは程遠いような、いつもの優花。


「…できない、できないんだ。君のことが大好きなんだ。心から好きなんだ。そんな人を、僕は殺せない」


僕はいつの間にか泣いていた。

色んな感情が混ぜられて、透明な涙が頬を伝う。

卑怯にも、この堰を切ったようにして流れ出した液体でないと、僕は今の感情を表すことができなかった。

そんな僕を、優花は優しく見守る。

そして、いつの間にか屋上のへりに優花はいた。


まさか、そんな。


「ありがとうね、ルイ。五日間楽しかったよ。私も大好き」


次の瞬間、笑顔の優花が視界から消えた。

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