四日目
屋上に降り立つと、僕は絶句してしまった。
優花のいつもの綺麗な長い髪が短くなっていたのだ。しかも、かなり乱雑に。
無理やりに切られたとしか思えないそれは、優花がどんな仕打ちを受けているのか、想像させるのに容易かった。
「ルイ、来てくれたんだ」
優花は僕を見ると笑顔を作った。しかし、いつものような輝きは、そのどこからも感じることができなかった。
瞬間、僕は全てに気づく。
ああ、なんでよりによって優花なんだ。
こんな残酷なこと、他にないじゃないか。
優花はこんなにも優しいのに。
ぐるぐる、ぐるぐると思いが廻る。運命を、神を恨んだ、どうしようもなく無意味な言葉たち。
そして、現実から目を背け続けてきた自分を責める。
こうなることはわかっていたのだ。
こんなにも惨い結末ではないにしろ、全部全部、わかっていたのに。
優花はゆっくりと僕に近づく。そして、僕の胸に溺れる。生温い体温が、僕にそれを強く意識させた。
「…ぎゅってして」
普段の優花からは考えられない、消え入るような声だった。
僕は黙ってその小さな背中を抱きしめる。
控えめな胸のその奥にある、あるいは頭にある、「こころ」すらも抱き締めるように、純白の羽で優花を包む。
蝉が愛を求めて鳴く。しかし今、そんな音は聞きたくなかった。何より、優花に聞いてほしくなくて、僕は優花の耳をふさぐ。
すると、優花が僕の顔を見上げる。きっと涙を流したのだろう。目は腫れ、その下には感情の痕が残されていた。
「……青い目が駄目なんだって」
優花は語りだした。僕は黙っていた。ただ、抱きしめる力を少しだけ強める。
「お父さんもお母さんも日本人なのに。私が生まれて、二人は別れちゃったんだって。別れたら、私のホントのお父さんもいなくなっちゃって。お母さんは毎日、私のせいにして、怒鳴って、殴って、昨日、髪も切られた」
僕は無言を貫く。優花の言葉はどこまでも平坦で、感情を抑え込んでいるのがよくわかる。
「傷だらけだからさ。同級生たちも怖がって、友達なんかできなかった。どこにも居場所がないの、私」
わたし、という言葉はほとんど聞こえなくて、代わりに優花は僕を強く抱きしめていた。
「ルイがいなかったら私、ほんとに一人なの。だからルイが現れてくれて、友達になってくれて、本当にうれしかった」
ほんの少し、ほっとしたように笑う。
その笑顔が、僕の胸を苦しめる。
僕はどうすればいいのだろう。
頭が狂いそうだった。
僕の抱えた使命と感情があまりにも乖離していて、己の運命を呪った。
いや、本当に呪うべきは優花の運命だ。
いやそれとも、僕らの出会いなのだろうか。
何もかもがわからない。ただ、避けられないことだけはわかる。それが僕らの掟だから。
いつの間にか、優花は寝ていた。
色んな感情がごちゃ混ぜで疲れてしまったのだろう。
僕の胸に倒れこむようにして目をつむっていた。
僕は優しく優花を地面に寝かせた。痛くないように、僕の羽を下に敷いた。
―――なんて綺麗なのだろう。
泣き腫らした顔を見ても、僕はそう思っていた。
そして、気付くと僕は寝ている優花にキスをしていた。
柔らかなピンクの唇は、これまで触れてきた何よりも優しい感触をしていた。
その瞬間、抑えていたはずの感情が全部、あふれ出てきてしまった。
僕はなんて愚かなのだろう。
僕らにとっては絶対にしてはならない禁忌。
でもしょうがないじゃないか。
この気持ちは、きっとそういうものなのだから。
もう一度、寝ている優花の顔を見る。
そしてもう一度確信した。
この気持ちはもう、誤魔化せない。
僕は明日殺さなくてはならない少女を、どうしようもなく愛してしまっている。
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