二日目

「あ、きた!」

バサリバサリ、と羽を羽ばたかせる音で気づいたのか、屋上から景色を見ていた優花は僕を見つけて手を振る。

僕はゆっくりと着地をして羽を畳む。


「 ご飯、食べる?」

唐突に優花は僕にそう言った。

花柄の巾着袋を持って僕に差し出す。


なんで、急に。

しかも得体の知れない僕なんかに。


僕はどうするべきか迷ったが、黙って巾着袋を受け取った。

すると、僕の表情を窺うようにしていた優花の顔がぱあっと明るくなる。

昨日から思っていたが、優花は表情が豊かだ。

少なくとも、僕が出会ってきた人間の中では一番だった。


「 天使もご飯とか食べるんだね。味とか感じるの?」

優花は巾着袋を開けようとしている僕の横で、これまた花柄の弁当箱を開いた。

「 感じるよ。匂いも味も」

僕も弁当を開ける。豊かな匂いが僕を刺激する。

弁当箱の蓋に括られた割り箸を割って、手を合わせると、クスクスと優花が笑った。


「 どうしたの?」

「 いや、天使にもそういう文化ってあるんだなあって思って」


僕はそれには答えず、箸で卵焼きをつまむ。


「美味しい」

「ほんと?早起きした甲斐があったなあ」

優花はホッと胸を撫で下ろすように息を吐いた。

よく見ると、優花の細い指には絆創膏が巻かれていた。


「 それ、大丈夫?」

「ん、あー、全然大丈夫だよ、大して痛くないし」

「 手、出して」

優花は僕の言葉に素直に従う。

差し出された指の絆創膏を剥がし、半端に乾いた赤い血が覗いた。僕はそれに触れる。優花がびくりと震えた。

それに構わず、僕は傷を治した。

優花は驚いて傷がなくなった自分の指を何度も見つめる。


「 お弁当のお礼。もう治ったよ」

「すごい!どうやってやったの?やっぱり天使の力はすごいね」

手を動かしながら優花は感嘆していた。


まったく、何をしているんだろう。


嬉しそうな優花を見て、僕は自分に呆れた。


こんなことしちゃいけないのに。


わかっていたのにも関わらず、僕は「人間の傷を治す」という僕らの世界のタブーを犯した。

ルールを破るなんて初めての事で、自分でもよくわからない感情に襲われた。

不安と安堵が同時に降るような感覚。はっきりと気持ち悪かった。


「ねえルイス」

優花が僕を呼んだ。

僕は立ち上がった優花を見上げた。

「ありがとね!」


とびきりの笑顔で感謝を告げる優花の顔を太陽が照らす。


―――ああ。

気付くと、気持ち悪さは消えた。

―――この笑顔のために、僕はルールを破ったんだ。


ちょうど頂点に差し掛かった日の光を受けた満面の笑みはまるで白日のようで。

楽しそうに揺れる体は風に吹かれた花のようで。


―――綺麗だ。


そう思わずにはいられなかった。

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