君と羽と空と海と

kanimaru。

一日目

「空、飛べるの?」

 僕を見た第一声、彼女はそんなことを言った。

 そんなことを言う人間は初めてで、僕は驚いて何も言えなかった。

 目を輝かせる彼女はまるで小さな子どものようで、とても屋上で一人黄昏ていた高校生には見えない。


「……飛べるけど」

 遅れた僕の答えに彼女はわかりやすく喜んで、僕の純白の羽に触れる。

「すごい、ほんとの羽だ」

 息をのむ。

 そしてじっくりと、見定めるように僕を見つめた。僕を覗く彼女の瞳は蒼く、その奥には無限に海が広がっているように思えた。


「お名前は?」

 彼女が僕に向かって問う。優しい微笑に少し戸惑いながら答える。

「ルイス」

「ルイスね。私は優花」

 優花はよろしく、と手を差し出してくる。


 なんで、僕に対して疑問を持たないのだ。

 人間が決して持つことのない羽を持っているというのに。


 こんな人間は初めてで、僕は我慢できずに言った。

「僕が何なのか、聞かないの?」

 すると、優花はきょとんとした表情を見せた。

「天使でしょ?そんなに綺麗な羽があるんだもん」

 さも当然、とでも言うように言い切る優花を見て、僕は何も言えなくなってしまった。

 ずっと優花のペースにのせられて、僕はどうすることもできない。

 人間を相手にしてそんなことは初めてで、僕はひたすらに困惑する。


 ―――これでは業務をこなせない。


 そんな思いがよぎる。

 どうするべきかと焦っていると、優花が僕に言う。


「私、ルイスのこともっと知りたい。今日からお話ししよ、ここでさ」

 笑顔を振りまきながら、優花は屋上に座り込む。

 ふわりと長い髪がなびき、まるで僕の持つ羽のように、今から羽ばたこうとしているように見えた。


「わかった。毎日この時間、僕らで話そう」

 そっちのほうが好都合だ、という思いもあり、僕は優花の提案に乗った。

 僕の言葉に、優花は細く白い小指を差し出す。

 意味がわからず、僕は首をひねる。


「あーそっか、知らないか、天使だもんね。小指を差し出されたらね、自分も小指を差し出すの」

 そう言って、優花は僕の小指に触れる。思わず心臓が跳ねる。

 僕の小指と優花の小指が絡まる。

 僕の長い指と優花のそれはアンバランスに形を成す。


「指切りげーんまーん嘘ついたら針千本のーます」

 指切った、といたずらっぽく指を解く。

 僕はされるがままでいた。


「 これからよろしくね、ルイス」


 蝉が忙しなく鳴いていた。

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