第23話  脱出と憑依と硝煙の香り


久光はその手に握る槍が止められるのは想定外だった。いくら器の能力が異常とはいえ、あくまで常識の範囲内だ。


器が契約者から与えられるエネルギーを応用した疑似物理科学によって生み出された武器、『錬具』。

これらによってつけられた傷は器と契約者に対して特異的にダメージを与える。

本来錬具は莫大なエネルギーを用いて他次元空間から呼び出される。その次元では人の思考が支配している。分かりやすく言えば人が思考して想像したものがそのまま創造される世界だ。

それを他次元からこちらの三次元世界に持ち込むためには契約者に分配されるエネルギーでは足りない。だからこそ契約者という”蛇口”に対して受け止めるための”器”という大きなエネルギーを出力できる人間が必要となる。


もちろん契約者には利点がある。それは耐久性だ。契約者は全て死人から抽出される。器が死を実感したら、それが触媒となり、記憶を頼りに死人を特定し契約者として受肉される。死人であるため契約者は死の概念がない。自分の寿命を犠牲としてしまう開放をノーリスクで行える。出力が弱い分、せいぜい器と同程度まで身体能力や反射神経、出力が上がる程度だ。


では、契約者と器が一致すればどうなるのか?

槍の刃は銃のバレルに突き刺さり止まっていた。

それは首から生えた銃身だった。

はニヤリと笑い、手首から銃身がせり出し、銃弾を発射した。手錠を繋ぐ鎖は粉々に砕け散った。


「レベッカ、ヘルプ‼」

その掛け声とともに茶髪の少女が部屋の扉を破壊して入ってきた。間髪入れず少女の槍が投擲される。

は机を蹴り飛ばし槍にぶつけた。

 

自由になった手首をさすりながら、右手を銃のグリップを握る形にする。一秒にも満たない時間でダネルMGLが握られていた。すかさず構え、地面を照準に引き金を引く。シリンダーが60度回転しながら弾が発射される。

低速の60㎜弾が地面に衝突するのと同時に煙幕がその場に立ち込める。


「クソッ。逃げられるぞ。奴らに援護を頼め‼」

部屋に久光の声がこだまするも、もうそこには誰もいなかった。


部屋を飛び出したはトンプソンコンデンターを生み出し、近くの窓ガラスに7.62×51mmNATO弾を打ち込む。爆音とともに着弾し、放射状のひび割れを生み出す。

そのまま窓ガラスに突っ込み、グリップで叩き壊す。粉々に砕けたガラスとともに外へ飛び出した。


どうやらここは先程の教会の近くのようだ。山の木々に飛び込み、脱出する事を決めた。

飛び出した背後の窓から黒いスーツの男たちが拳銃を構えて降りてきた。


トンプソン・コンテンダーを捨て、新しい銃、H&K MP7を両手に構え、隠れた樹木から飛び出し、男たちに狙いを付ける。

PDW特有の音速の4.6×30mm弾が男たちのボディーアーマーを貫きながら、内臓をぐちゃぐちゃに引き摺り出す。


20人中5人を殺した後、駐車場を目指し、駆け出した。

後方上空からの奇襲に気付いたは振り向き、MP7を上空に向けて引き金を引く。

槍を回転させ銃弾を弾いた少女はそのまま落下しながら槍を振り下ろした。

地面を蹴り回避したはMP7を投げつけた。それすらも弾いたレベッカは槍をに投擲する。

もう片手のMP7を盾にしてその攻撃を止め、滑るように山道を降りていった。木の間をするりと抜けていったを追うも、はすでにバイクに跨っていた。

GSX−S125のエンジンをかけ、その場を後にしていた。


「逃げられたか。」

レベッカは奥歯を噛み締めた。



途中ガソリンスタンドに寄りながらも街の中央部のビジネスホテルまで走ってきたはビジネスホテルの一室で事切れたかのようにベッドに倒れ込んだ。

青年が目を覚ましたのは日が完全に沈みきった後だった。


「ここは…?」

目に入るのは枕とオレンジに光るライトを反射した窓だった。

カーテンも全開で外の暗闇がライトを一層明るく照らしている。全身が痛い、長時間バイクに乗っていたかのように腰が痛い。

しかしそれ以上に体を動かしたくない。もう俺が生きる意味はない。その意識が自分の身体を動かそうとする電気信号をシャットアウトしている。


「悪い、アンジュ。俺泣きそうだ。」



『まだ終わりじゃないよ。』

そんな声が頭に響いた気がした。微かで小さい声、しかしはっきりと聞こえたその声に上半身だけを腕で支えながら起こす。周りを見渡すもそこには誰もいない。

幻聴かと思い、再び枕に顔を埋めようとした瞬間、再び聞こえた。


『あなたは一人じゃないわ。』

間違いなく聞こえたその声に濁りきった意識が冴えわたる。

「誰だ!」


部屋に自分の声が反響するも声の主はいない。


『あなたの心に彼女たちは居続けるよ。』

その声は悠斗の胸を貫いた。優しくどこか儚げな声。

その時、悠斗は気付いた。自分はずっと虚無だった。誰とも違う疎外感、自分というアイデンティティが揺らぎ続けていた。けれどエマやアンジュと出会い、自分は変わっていた。自分は与えられる側から与える側になっていたのだ。だから彼女たちがいなくなった時悲しみ、嘆き、涙を流した。

彼女たちが俺の生きる意味になっていた。願いになっていたんだ。


『やっと気付いたね。ゆーちゃんの”真の願い”に。』

”ゆーちゃん”?その呼び方をする人はいない。しかしどこかに懐かしさを感じる呼び方だ。


携帯を手に取り、上から二番目の番号にかけた。

「もしもし、母さん?」

『あんたどこにいんの?ま、あんたのことだから適当にぶらぶらしてるんでしょ。置き手紙だけ残して。速く帰ってきて御飯作ってよ。』

早口でまくし立ててくるのはいつも焦ったときと怒ったときだ。

一気に喋って疲れたのか言い終わると少し静かになった。


「母さん、教えてよ。俺の姉について。」


電話で姿が見えなくても陽子が息をつまらせている様子が分かった。

「………そう。ついに知ってしまったか。」

そこからぽつりぽつりと呟くように話し始めた。

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