第22話 黒幕と真意と忘却を
沈みきっていた意識が引き起こされたのは話し声が聞こえたからだ。視界が徐々に明瞭になっていく。
「………君の淹れる紅茶は味に棘がありすぎるね。時間が長すぎるんだよ。蒸らす時間がね。」
「なら、貴方自身が淹れればいいじゃないですか。」
視界が完全に晴れた時、眼の前は白黒の景色だった。
眼の前にはスーツの男が立っていた。メガネをかけ、ティーカップを傾け、液体を飲んでいる。
「おお、やっと目を覚ましたか。うむうむ。さすがに倒れた時にはびっくりしたよ。」
男が駆け寄り、悠斗の腕をつかみ、脈を測る。
ライトを眼前にもってきて、瞳孔を確認する。
「脈も正常、瞳孔反応もしっかりある。何か異常は感じるかな?」
「色が識別できていない、匂いを感じない、それとこの状況かな。」
「おっと。そこまで侵食しているとは。」
男は再び自分の椅子に戻った。紅茶を一口啜り、足を組む。
「まぁ君が疑問に思う気持ちもわかる。取り敢えず自己紹介といこう。」
「私は西園寺久光(ひさみつ)。よろしく。手荒なことをしてしまった償いとは言わないが君の疑問については何個か答えられる範囲で応えよう。」
悠斗は自分の状況を確認する。椅子に座らされ、後ろ手で手錠されている。腕を動かすたびジャラジャラと手枷を繋ぐ鎖がぶつかる音がする。
「それに関しては申し訳ないが外せない。君のパワーが劣っているとはいえリスクは可能な限り減らす主義でね。」
「エマを殺したのはお前か?」
「正確には僕の契約者だね。」
淡々と語るその男に沸々と怒りがこみ上げてくる。
「お前の目的は?あの魔法陣は何だ?」
「1つ目の質問は未知だ。疑問に思わなかい?僕たちの傷は通常兵器ならどれだけ傷つけられれても即座に回復する。腹を貫かれ、手足をもがれ、目鼻をえぐられても僕たちの身体は回復する。本来そんなことは不可能だ。虚空から武器を取り出し、それらを振るう。時に剣、時に槍、時に鞭、ときにはノコギリさえも持ち出してくる。
そんなことがあり得るかね?立派に物理法則を超えている。僕たちはその
「2つ目の質問に答えよう。あれは全ての根幹をなすものだ。過去より少女を蘇らせ、契約する。そして最後に残った一人の願いを叶える。
この”戦い”を始めるための儀式に用いたものだ。」
「戦いか………。」
「そう。この儀式を含めて”戦い”には多くの疑問が残る。始まった年代も不明、誰が始めたのか?どこで始まったのか?何故始まったのか?どれもが道に溢れている。どうだい?気にならないかな。」
「ここはどこだ?」
窓が一つもないこの部屋は圧迫感がある。地下を思わせるこの部屋を絶え間なく観察して気付けたのはその程度だった。
「そして僕も例に違わずその未知を探求しているのさ。この戦い自体が大きな『実験』なのさ。研究の目的は『戦いにおける喪失の感情とその関係性』。」
「喪失の…感情…?」
「あぁ。人間というのは自分の手の中にあったものが溢れていくのは耐え難い苦痛を伴う。ましてやそれが自分にとって大切なものならね。家族、友人、玩具なんでもいい。失ったことを悔いる者を抽出して、器と契約させる。それが今回の『戦い』というわけさ。」
「全てお前の手中というわけか。」
「まぁそうだね。いくつかのイレギュラーは存在したが概ね計画通りだよ。」
「どうして俺を拘束する。」
「それは君が実験観察の最後の対象だからね。正確には僕もいるがあくまで僕は観察者さ。そして観察者として僕が最後まで生き残るためさ。」
眼の前の男は自分の研究発表かのように無機質に答える。自分の問いが全て、予測済みだと思わせるほどそれはスラスラと答えた。
「最後に俺に喪失したものってなんだ?」
男は少し言葉が止まった。驚き、呆れ、そして盲点を突かれたような表情を表した。そして絞り出すかのように声を出した。
「一人は妹、一人は玩具、一人は健康、一人は楽しみ、一人は愛、一人は正義、一人も妹、一人は自由、一人は自己、一人は敵。それぞれが失ったものを自覚し、戦いの先にある願いを叶えようとした。しかし最後の一人は
その一言がきっかけだった。
無意味…?無意味だと…?命を賭け、自らの身体を犠牲に戦ってきた、彼ら彼女らの行動が無意味…?
一切傷ついていない、物事を俯瞰し、指図していただけのお前に何を否定する権利がある。
「お前……‼」
掴みかかろうとするも手錠がそれを妨害する。ジャラジャラと音を鳴らしながら抵抗を抑える。
「君の気に触れてしまったのなら謝るが、それは決して非難される謂れはない。どんな薬であってもどんな毒であっても、実用化の前には必ず実験が行われる。僕たちのこの実験もいずれかは治療に使われるかもしれない。ま、それは僕には興味がないがね。」
白黒の世界の中、男の赤い瞳だけがはっきりと色として認識される。
「では最後に教えてあげよう。君が失ったのは
今にも沸騰直前だった胸の奥が急速に冷えていくのを感じた。
「俺の…姉…?」
「その様子だと本当に覚えていなさそうだな。これも契約の内容か。」
そして悠斗は先ほどの言葉が脳裏に繰り返された。
『では最後に』
「最後にということは……」
紅茶を飲み干した久光の眼鏡がライトを反射して光る。
「えぇ、計画の最後です。あなたを殺すことで私が最後の生き残りになります。」
穏やかな声に反してその手に持った物に恐怖を感じた。
赤く長い二股の槍。久光は穂先を悠斗の首筋に当てる。
「さようなら。
槍を後ろに引き、首を狙って振られる。その瞬間、悠斗は目を瞑った。怖かったからかもしれない、しかしそれ以上に『諦め』という言葉が占めていた。もう俺が生きている意味などない。俺が生きる意味は彼女たちにあったのかもしれない。そんな考えが思考を放棄させた。
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