第20話  男と戦と開放と


歯が並んだの刃が振り下ろされる。ナイフを交差させ止める。前蹴りで距離を取り、高速機動で翻弄しながら、一撃を狙う。手首や足、太い血管がある部分を切り裂く。

互いに致命傷を与えられず、じわじわと体力だけが消費されていく。

ほぼ互角、攻め手によって少し有利が変わる程度か。


「流石ね。ここまで戦ってきただけのがある。」

「お主もその太刀筋、中々良いものだな。」


エマとイザベラは笑っていた。戦いの高揚感、興奮。アドレナリンが副腎髄質から絞り出され、瞳孔が拡大する。心拍数が上がり自分の心臓がバクバクと振動するのが聞こえるほどだ。


「楽しいわね。だから本気で行こうかしら。」

開放open。The ruthless excitement does not evade the continuous blades, and it falls to its knees in fear.細断者レシェフ‼」


イザベラの目は赤く輝き、興奮した身体は蒸気のように汗が蒸発していく。

「さぁ第二ラウンドね。」


目に見えないほどの高速斬撃が腕を切り裂く。その傷跡はズタズタだ。

全ての力を目に分配する。通常では見えないほど早い腕の運動がギリギリ見えるほどになった。


再び高速斬撃。次は左からだった。ナイフで受け止めるも、ナイフの刃がこぼれていく。

ノコギリの歯の段差に引っ掛けられ、ナイフが手からすっぽり抜ける。


エマは腰を後ろに曲げ、横薙ぎを躱した。鋸が通過した後をバク転で身を翻す。


「気になっていたがその目は何だ?なぜ赤く光っているんだ?」


腕をブンブン振り回しながらイザベラは答えた。

「神聖化、というべき能力。詳しいことは分からない。けど私たちの能力を底上げできるものよ。」

「なるほどな。」


ナイフを再び生み出し、突撃する。刃を一寸で躱しながら一撃を入れる。しかし開放状態のイザベラは接近さえも許さない。

一振り一振りの攻撃に隙を与えない。接近したエマの攻撃を見切り、全てを躱していく。

「そんな遅さじゃ私にダメージは与えられないわよ。」




間合いがわかったことで悠斗は攻撃に迷いが減った。

どれだけ早い抜刀であっても、間合い以上に攻撃は飛んでこない。

間合いと踏み出しさえ考えれば一方的に攻撃できる、そう思っていた。


「ふんっ‼」

高速の居合斬撃を止める。神速と刀の重さが乗った攻撃は両手で構えていても抑えきれない。

全体重を前にかけ、その刃をぶつける。

目の前には重なり合う刀、その先には恭平の瞳。細かいノコギリ状の突起が生えた恭平の刀が火花を散らす。

長い脚が鳩尾に前蹴りを食らわせる。胃液が喉元まで出かかる。


距離を離し、恭平が振りかかってくる。刀の向きを垂直にして受け止める。


体重差のせいかじわじわと圧される。

(根本的な筋力量が違いすぎる……‼)


刀を離し、大きく後ろに飛び跳ねる。

ノコギリ状の刀が翻され、水平に切り結ぶ。紙一重で躱し、日本刀を生み出し、握る。


下からの逆袈裟切りがスーツの裾を断った。

「やっとこさ服一枚かよ。」



男二人が互いに切りつけあい、少女二人が攻防を繰り返す。

しかし手練れの恭平と開放状態のイザベラに悠斗とエマは徐々に追い詰められた。

二人が背面を合わせて並ぶ。


「ボロボロじゃないか、エマ。」

「そっちこそ。相手はまだまだ余裕そうだぞ。」

「それに比べて、俺らは満身創痍。」


エマが問う。

「アンジュと共に開放を行ったとき、ユートの”真の願い”が流れ込んできた。その時掴んだよ。開放の心得。身体ではなく、心を重ねるのだと。器が願い、契約者が信じる。これが開放……。少し無茶をするとしよう。ユート。」


悠斗は振り向かず応える。

「あぁ。」


後ろから静かながらはっきりと聞こえる。

開放ouvrir。Ô condamnateur, risquez votre vie et vos prières pour juger le péché. Embrassez tout.断罪者ヨルガ・デ・カノン‼」


その言葉の終わりと共に視界が広がる。全身の毛穴が広がったかのように空気の冷たさを感じる。

直後、胸に熱いものを感じる。これが開放。契約者と器が一心同体となり戦う境地。


全身に力を込める。身体の中心から指の先端まで自分が自分の身体を動かしている。至極当たり前の行為さえも今の悠斗には意味のある行為のように感じられる。


空いている左手に意識を向ける。白銀の刀身が虚空から現れる。黒い柄を握り、完全に顕現した。


「さぁ。ここから本番だ‼」


右の黒い太刀が真っすぐ振り下ろされる。

居合いの構えからその一刀を止めようとした恭平はその場を即座に離れた。

一撃は大地を裂き、地衣類を悉く切り裂いた。

深さ1mほどの溝が真っすぐ20m近くまで伸びている。


即座に反撃に出る恭平は左側から走りこんできた。

踏み込みながらの抜刀術。しかしその攻撃は左手の白い刀に阻まれた。

刃先を下にした状態で受け止めた白い刀を振り上げる。ノコギリの刀と共に空が砕かれる。

音速を超えた一撃はソニックブームと共に恭平の身を削ぎ落す。

かまいたちの如く、”真空の一撃”に体が投げ飛ばされた。


刀を生み出し構える。

「もう抜刀は終わりか?」

「君の速度にもう抜刀術はついていけない。」




大型のナイフとノコギリがぶつかる。火花が散るが気にも留めない。

双方、次の攻撃を考えているだけだ。

左手のナイフがイザベラの腹部を狙う。右手でナイフを持つ腕を払いながら、左手に持ち替えたノコギリで頸動脈を切り払う。エマは首を傾け、躱す。

エマの青い瞳が、イザベラの赤い瞳がぶつかり、睨みつけ合う。


「あなたの開放も素敵だわ。」

「あぁ。私も楽しく仕方がないさ。」


うさぎのように跳ねながら一発一発狙いを定めて攻撃を仕掛ける。


火花が飛び散り、二人の瞳を照らす。


エマはナイフを上に放り上げた。もう一つのナイフでイザベラの攻撃をすべて捌いた。

イザベラのどんな攻撃もナイフ一本で受けきる。

ナイフが二人の間に落ちてくる。地面に突き刺さる瞬間、エマはその柄を的確に蹴り飛ばした。

下の方からの攻撃に躱しきれないイザベラの腹に突き刺さる。

「ぐぁぁ!」

右腕にナイフを突き刺す。ノコギリを叩き落とし首にナイフを当てる。


「お見事。あなたと戦えて嬉しいわ。」

「こちらこそ。後悔なく戦えてよかった。」

そのままナイフを進めた。




悠斗は二本の刀を中段に構え、相手に向ける。恭平も同じように構える。

漆黒の太刀と白銀の太刀が水平に横薙ぎで振った。

二撃躱し、ノコギリ刃で突きを繰り出す。悠斗は身体を翻し、そのまま右回し蹴り。

距離を取る。そして横に払う。身体を沈め躱した彼は前に突っ込む。


ノコギリ刃が黒い刃と白い刃に食い込み、引っ張る。悠斗はすぐさま刀を手から離す。


「ぬあぁぁぁ‼‼‼」

無防備な状態の悠斗に斬りかかる。この状況から刀は出せない。


「うおぉぉぉぉ‼‼‼」

高い位置から降ろされた刀を白羽取りで止めた。恭平のがら空きな脇腹にフルパワーのミドルキックが炸裂した。

視界が傾く。そして目の前には刀身から手を離し、再構築された2本の刀を構える青年がいた。

持ち上げられた両刀が恭平の胸で交差するように切り裂いた。鎖骨ごと肋骨を砕き、心臓、肺に折れた骨が突き刺さる。激痛や呼吸のしにくさを感じる。肺に穴が開いているせいだろう。


薄れゆく意識の中、視界には今まで敵対していた青年がいた。

「君との勝負、とても面白かったよ。」


「俺こそ、あんたのおかげで開放を掴めたよ。」

「若者の成長を見るのも悪くはないね。」


恭平の身体が消滅していく姿に悠斗は無意識に深い一礼を持って見送った。

それは好敵手としての手向けなのか、本能的な何かなのかは分からなかった。

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