第19話  ノコギリと教会と超えるべき壁


走り出して30分もしないうちだった。エマの目が鋭くなる。

「感じたぞユート。右だ。」

ウインカーをつけ右折する。その方向は山道だったようだ、舗装されていないガタガタの道を進んでいく。

サスペンションが沈み込んでいるのがよくわかる。特に二人乗りのせいで重さが増えているせいだろう。


「本当にこっちであってるのか?」

「間違いない、この先だ。」


しかし鬱蒼とした山道を一気に進む。エンジンがガスを飲み込む音が聞こえる、サスペンションがギシギシと軋み、ヘルメットに道にせり出た枝がぶつかる。こんなことならオフロードを借りとくべきだった。

そんな後悔をしながら山道を登っていった。


すこししたところで開けた駐車場に着いた。

「この先、教会があるのか。」


教会へ向かう階段を登っていく。さすがに山の中に立っているだけに傾斜が急だ。


「なるほど、ここの教会は室町時代後期のものらしい。」

看板を眺めながらエマが言う。


「そんなことはどうでもいいんだよ。さっさと登るぞ。」


30分ほど登ったあたりだろうか、開けた場所が目に飛び込んできた。

そこには一人の男が立っていた。

しっかりとスーツを着込み、ネクタイは落ち着いた色で襟まで締め上げている。

しかしその人間を普通のサラリーマンと思うことができなかった。

それはその男の目つきが原因だった。

暗すぎるほどの目、カミソリのように研ぎ澄まされた瞳はこちらを直視している。

180近い身長、腰に携えた日本刀の鞘。亮吾の時とは違う奇妙さを感じた。


男がゆっくりと口を開く。

「君が古儀君だね。」

落ち着いた声ながらそこには貫禄、厳格といったものが乗っているような気がする。

多少怖気好きながらも応える。


「あぁ。あんたも器か?」

「はい。速水恭平と申します。」


深い礼と共に返事が返ってくる。


「ユート。奴はやばい。気を引き締めろよ。」

横目にエマが呟く。


「イザベラ、来なさい。」

その声と共に木の裏から少女が現れる。茶色掛かった黒い髪を肩まで伸ばし、右手には巨大化させたノコギリを握っていた。


「はいはい、奇襲させてくれないのね~。」


恭平の横に並び立つ。


「鋸引か。相性としては悪くない。」

「しかし、あの男が堅気には見えないよな。」


男たちがゆっくりと近づいてくる。

悠斗は虚無から刀を取り出す。エマもナイフを構えた。


奇妙さ、恐怖心を払うかのように恭平と相対する。

恭平も腰の刀の柄を握りこむ。


(抜刀術か……。)


それは一瞬だった。一瞬の踏み込み、一瞬の抜刀、そして一瞬の納刀。

斬られたと感じる間もなく黒い刀身が落ちた。


「は?」

何が起きたのか分からないまま自分の得物が壊れたことに驚きを隠せない。


新しい刀を生み出し構えなおす。


「何しやがった!てめぇ‼」

「斬っただけです。」



大型のノコギリが目の前を掠める。金の前髪が切れ、ひらりひらりと落ちる。

「いい反射神経ね。もっと行っちゃおうかしら。」


さらなるスピードでギザギザの刃が水平に薙ぎ払われた。

エマは即座にナイフで防ぐ。止めるというより弾いたに近いが防いだ。


(たしかにパワーはすごいが勝機はある……‼)


エマはナイフを放つ。広い刃ではじいたナイフが地面に落ちる。しかしそれはイザベラの視界の大部分をノコギリが覆っていることでもあった。

ナイフの一撃が死角から飛び出し、的確に首を狙う。イザベラは体を引き、躱す。狙いを外した剣先が頬を切り裂く。


更にエマは回し蹴りを食らわせる。高速で体を捻り、ノコギリごと敵の身体を離した。

「中々やるね~。さすが姉妹同士の能力。実力も拮抗するわね。」

「そうだな。私の断頭台ヨルガはお主の鋸引と同じ始祖を持つ、というやつだな。」

「そういえば名乗ってなかったわね。イザベラ・ド・レクザンスカ。能力は鋸引ナダレ。」

「私はエミリー・ジャンソン。エマでいい。言った通り能力は断罪者ヨルガだ。」



ノコギリをスナップさせながらイザベラは近づく。

ナイフを再生成しながらエマも近づく。


「「いざ尋常に……」」

「「勝負‼‼‼‼」」


二人の刃が同時に閃いた。




抜刀術の有利な点は初撃が不意打ちに近いこと、リーチが悟られにくいこと。

相手はその両方をもってして更に二撃目さえもその利点を失っていない。


未だにどれだけが相手の適正距離なのかを把握しきれず膠着していた。

下手に近づけば高速の居合いで斬られるのは必至。静寂がその場を支配していた。

動いたのは悠斗からだった。


示現流の蜻蛉の構えのように刀を立て、一気に振り下ろした。脇腹が完全にがら空きだ。

再び一瞬の動きが始まる。器の力によって研ぎ澄まされた感覚下でも見えないほどの一撃。

抜刀される日本刀は悠斗の右脇腹を断つように振られる。軌道は間違いなく内臓をぶちまけるはずだった。

その瞬間、日本刀は止まった。正確には止められた。脇腹から生えた刃によって。


「てやぁぁぁ‼」

刀を振り下ろす。狙うは恭平の頭蓋、脳天。しかしそれは甘すぎる考えだった。

恭平は腕に力を加える。ギリギリと嫌な音を立てて刃が走る。

引かれた刃は脇腹から生えた刃ごと切り裂いた。


腹へ鈍い痛み、脇腹ブレードが砕け散る音、自分が振り下ろした刃が地面の岩に当たる音。そのすべてを同時に感じた。そのままバランスを崩し、俯せに倒れた。

顔だけを前に向ける。恭平は目の前にはいない。もうすでに距離を取っているのだろう。

今自分は無防備、殺すならチャンスだ。にもかかわらず手を出してこないことに疑問を持った。

すぐさま立ち上がり、構える。

腹部の痛みが少なからず意識を持っていく。


腹部に目をやると服ごと腹が削れている。断面はズタズタに皮下組織まで斬られていた。

「いってぇなぁ。」


苦痛のせいか無意識に声が出る。恭平はやはり刀を鞘に納め、抜刀の構えを取っている。


「全く…嫌なタイプだぜ。」

無表情に構え、その姿は眉一つ動かさず、次の行動を考えているのだろう。まるでロボットのように的確に、しかし人間のように柔軟に、その攻撃は殺意を込め、こちらを殺そうとしている。


その瞳に映る大人の厚みというべきか、紳士の余裕というべきか、一種の美しささえ感じる。


「君のフェイントは甘すぎる。」

「ムカつくもんだな。」

その言葉と裏腹に悠斗は冷静になっていた。それは多分恭平のせいだろう。

緊張というか萎縮に近いものだろう。自分の先ほどの攻撃を心の中で反省していた。

相手の雰囲気から手練れであることは間違いなかった。それにもかかわらず自分は一重のフェイント程度で仕掛けた。それはあまりにも無策すぎる。


真っすぐに目の前の男を観察する。

少しひざを曲げた状態に日本刀に手をやっている。鞘は体に隠され長さはわからない。こちらをじっと見つめ、微動だにしない。まさに達人、という言葉が似合う。齢30にも見えるその姿にはオーラをまとっているといっても過言ではない。

その時悠斗の胸の中に熱いものがこみ上げている。言葉に表せば”この人に勝ちたい”。今までいろんな人を殺してきたが”勝ちたい”と思うのは初めてだった。

それはなぜなのかは分からない。大脳皮質が電気信号を発しているのではない。ただ心がそう叫ぶのだ。

今の自分ができることをすべて出してでもこの人に勝ちたい。


鞘をイメージする。黒く輝く真剣を覆い、その刃を収める刃を想像し、具現化する。

想像した通りの鞘が腰のベルトに突き刺さっていた。

自分の真剣を収め、全く同じ構えを取る。

さすがに虚を突かれたのか恭平は問いかける。


「あなたも抜刀術を?」

「いや、全く。ただあんたに勝つためにはこれしかないのでな。」


再びの静寂が二人を包む。そこで流れたのはどれくらいの時間だろうか、一瞬だったのかそれとも数分間なのか、それさえも分からない刹那。


二人は同時に抜刀、いや恭平の方が一瞬早かった。神速の斬撃が悠斗の右側を捉えた。

このまま刀を滑らせれば彼は両断される。

悠斗はその瞬間、右肩から帷子のように刃を出した。恭平の刀は帷子に刺さる。


「同じ手は食らわない‼」

同じように力を加える。今度こそ右腕ごと身体を断つ。

しかしそうはいかない。悠斗の抜刀が恭平の身体を狙う。想定済みだというのか恭平はそのまま力を加え続ける。帷子が削れる音が響く、悠斗の刀は固いものにぶつかった。それは地面から生えたノコギリだった。

刃を止めるノコギリが時間を稼いだ。帷子が割れる、右腕を叩き切ったと思った。

しかし、そうはならなかった。帷子が粒子となり剣を覆っていた。たった一瞬止めただけ。コンマ数秒切れないようにしただけ。しかし引き延ばされた感覚の中これは大きな一瞬だった。

左手で鞘を掴み、腰から引き抜く。身体を極端に下げ、恭平の刃を避けた直後を見極めた。

黒光りする鞘が恭平の顎に直撃する。恭平の身体は後ろに飛んだ。


口の端を切ったのか、恭平は袖で拭った。


「まさか私たちの武器の特性を利用するとは、よく考えましたね。」


はっきり言って偶然だ。武器が消滅するのは聞いていたが、武器同士が接触していれば消滅時にその影響を多少受けることは知らなかった。

しかし、一撃は与えられた。これだけでも十分だ。


「これであんたの間合いが大体わかった。」

「困ったものだな。」

という割に恭平の顔は変わらず無表情だった。

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