Dieu le veut ～契約者と処刑者は屍の上で祈る～

第17話 太刀と微笑みと碧い瞳

「アンジュ、一緒に戦ってくれ。」

太刀を水平に刃を天井に向け、霞の構えを取る。

そして、一気に加速する。倒すべき敵の最短距離を狙う。

「そうですね、そうこなくては。」

亮吾の腕が撓り、ムチがうねる。音速を超えるその先端は悠斗の手を狙う。

「はぁっ‼」

エマが後ろから飛び出し、ムチを叩き切った。

太刀の刃先が目標を捉える。肩から一直線に入った刃が肉を裂き、骨を砕く。ゴリッとした感触が手に伝わってきた。

そのまま刃を上に動かし、肩が脇でつながっている状態にする。

「はぁぁぁぁ！！]

杉本千佳は金髪の少女へ突撃する。

ムチでエマのナイフを弾き落とす。

「今、私は猛烈にキレているぞ。」

その言葉とともに鋭い視線が向けられる。その視線が千佳の腕の動きを鈍らせる。

ナイフを放り投げ、千佳を牽制する。無知の一撃一撃をナイフで受け止める。

ナイフでムチを弾いた瞬間、エマと千佳の目が合った。

お互いに全力で走り、拳で殴り合う。

エマはナイフを捨て、千佳は斬れて使い物にならないムチを捨てて。

お互いにボクシングの構えを取り、対面する。

初動は千佳からだった。右のフックがエマを狙う。左腕でブロックしたエマは右ストレートを繰り出す。

ブレイクの瞬間、後ろに跳ねて躱す。再び接近し、殴り合いの連続が続く。

エマが左のフックを繰り出せば、防御しハイキックで距離をとる。

「ハァァァ‼‼」

「ダァァァ‼‼」

二人のクロスカウンターがそれぞれ頬に炸裂する。

それでも二人は止まらない。千佳のミドルキックがエマの腹にめり込む。

怯むことなくエマは大ぶりのパンチ、鎖骨あたりを捉えた一撃が千佳の顔を苦痛にゆがませる。

エマのエルボーが鳩尾に入り、胃液を撒き散らす。千佳の前蹴りがエマの呼吸を一時的に止める。

千佳の左フックが綺麗に入った。鼻が折れ、鼻血が飛び散る。

エマは右腕を大きく振りかぶる。千佳も左腕をテイクバックする。

再びクロスカウンターの構図になる。千佳は心のなかでほくそ笑んだ。左腕を引き、右腕を伸ばす。逆クロスカウンターを狙ったのだった。

がら空きのエマの左サイドに拳が近づく。勝利を確信した。

しかしそうはならなかった。

それさえも見越してエマは右腕を掴み、固定。肘裏に腕を当て、逆関節でへし折る。

「キャアアアアア‼‼」

怯んだ千佳をハイキックで吹き飛ばした。

「お前のやることなど、見え見えなんだよ。」

壁にめり込んだ千佳の腹から槍が突き出る。壁から生えた槍に串刺しになった少女はそのまま灰になって消えた。赤い瞳でエマを睨みつけたまま。

「いやいや、やってくれますね。」

そう言うと亮吾は傷口から縄を出し、患部を縫合した。

「お前だけは俺の手で殺す。」

再び霞の構え。からの突きに移行する。長大な日本刀の一撃がムチを叩き斬る。

「開放。深淵より溢れ出す悪意、這い寄る混沌は伸縮しこの世界に姿を顕現する。絞首者（■■■■■）」

人が出せるようではない声とともに亮吾の姿が見にくく変わる。肉塊が姿を覆い、ムチは触手のように生物的な動きを常にし続けている。

クトゥルフ神話のニャルラトホテプにそっくりの見た目に変化した腕が伸びる。数本の触手を束ねた丸太のような腕が悠斗に叩きつけられる。

太刀でガードしながら態勢を立て直す。

触手は肉塊から何本も飛び出し、悠斗を狙う。縦横無尽から飛び出す蠢くそれを跳ねたり、移動することで躱す。

その触手は見る限り100本以上はありそうだ。

（近づけないようにしているというわけか………）

「ならば、これでどうだ‼‼」

右足を一気に踏みしめる。悠斗を中心として円形の亀裂が床に走る。

地面から数百本といった槍、日本刀の刃が突き出した。地面を這い寄る触手は切断され、個々が断末魔を叫ぶようにうねうねと動いている。

「ギャ‼」

すべての触手を動かしている以上神経はつながっている。数百本の触手が一度に切断されては器の体を持ってしても耐え難い痛みを受けたのだろう。

肉塊が痙攣している。

ゆううとはそのまま、地面の反動で飛び出した。

狙うのは一直線先の肉塊。腕を前に伸ばし、片手で巨剣を支える。

肉塊の中心部分に刃先が突き刺さった。

「はァァァッッ!!!‼‼」

彼らを囲む壁から槍が伸び、肉塊を四方八方から突き刺す。

地面に足がついた。そのまま駆け出し、刃を根本まで突き刺した。

肉を貫く感触、心臓の鼓動が刀を通して感じられた。

肉塊が剥がれ落ち、亮吾の姿が現れる。

「やはり君は虚無だ。」

「最期に一つだけ、残る器は鋸引と銃撃と磔だけですよ。」

亮吾の腕は力なく項垂れた。その遺体は灰のように白く散っていった。

「終わったのか……」

悠斗はその場で倒れるこむように座りこんだ。

握る大太刀が消え始めていた。

悠斗は優しくそれに語りかけた。

「お前の人生、きっと辛いことが沢山あったと思う。俺たちに言えないこともあったろうに、俺たちに力を貸してくれた。最後にオムライス、作ってあげたかったな。

俺もいずれそっちに行く、その時まで待ってくれるかい？だから今はゆっくり休んでくれよ、アンジュ……。」

言葉が口から出終わった時、刀は消えていった。まるで自らの器の言葉を聞き入れたかのように。