第18話  月光と朝焼けと二つの缶


ビルを覆っていたムチの束はいつの間にか消えて、二人は今にも崩れそうな建物の中にいた。

外を出ると太陽は昇りきり、影がとても短い。

ふと見た地面に太陽を反射するものがあった。悠斗はそれを拾い上げる。

それはひび割れた眼鏡であった。見覚える形状、主を失ったそれをポケットに滑り込ませた。


「すまない、私がもう少し早くに到着していたら………」

「真一………」


重い空気の中、GSX−S125に跨る。エマはダンデムに座り、悠斗の腹に腕を回した。

ギアを入れて発進させた。

後ろからエマのすすり泣く声が聞こえた。必死に泣くことを我慢しながらも溢れる涙はバイクの速度によって後ろに流れていった。


真一の拠点に戻ってきた時には出ていた太陽は隠れ、厚く暗い雲が空を覆っていた。

「エマ、すぐにここを出る。用意しといてくれ。」


声を出さずに頷いたエマはボトボトと部屋に入っていった。

悠斗も怪我した部分を消毒、打撲痕を冷やしながら、寝室に入っていった。

ぽつりぽつりと降り出した雨が大きな窓から見えた。夕立にしては早すぎる気もする。だんだんと雨が強くなり、雨水を窓ガラスに叩きつけられるほどの横殴りの雨になりだした。

悠斗は今日のことを耽った。

みんな死んでしまった。結局最後は一人になってしまうのではないだろうか、形容し難い恐怖が足元を這い寄ってくる気分だ。

自分の頬を叩き、自らを奮い立てた。


「俺はもう迷わない。約束したからな。」

自分に言い聞かせるように、暗示のように呟き続ける。


ポケットの中のメガネをベッドに置き、部屋をあとにした。


リビングにはエマが座っていた。うつむいた顔は暗く、浮かない。

「私達はいつまで戦わなければならないんだろうな?」

「分からない。だけど残る相手は銃撃、鋸引き、磔だそうだ。」

「あと三人か。」


少し休んだ二人はその夜、拠点を出発した。夜道は夕立で濡れ、風はまだ強い。しかし雨雲はどこかに行ってしまっていた。

開いた窓から風が吹き、カーテンを揺らす。明るい月がベッドとその上に鎮座するメガネを煌々と照らしていた。


「ユート、行くアテはあるのか?」

「まずは北側だな。アテはないが残る場所はそこしかないからな。」


握るハンドルが冷たい。11月の夜は寒い。

「手がかりはエマの管理能力が頼りだ。頼んだぞ。」

「あぁ。任せろ。」


夜道を走り続け、気づけば日の出だった。右側の山間から光が漏れ出てきた。

暗闇が光入り混じり、紫色の空を映し出している。


「これから死にに行くかもしれないというのに私はこの景色を美しいと思ってしまう。楽観主義なのか?」

「それは人間だからさ。辛い現実を少しでも紛らわせようと必死なのさ。」


運転しっぱなしで腕が痛い。いつも原付を走らせているせいか、125ccは慣れない。エンジンの振動と寒さでで指先の感覚が鈍い。

道沿いのコンビニに入り、熱々のコーンポタージュとお汁粉を買った。エマにおしるこの缶を放り投げる。

バイクに乗ったままエマは素早くキャッチ。プルタブをカポッと開き、啜った。


「うん、甘くて美味しいな。」


悠斗もコーンポタージュを一気に流し込む。熱々の液体が喉元を過ぎ、腹に溜まる。冷え切った全身に熱が循環していく気分を感じた。

腹から徐々に指先へ徐々に感覚を取り戻していく。缶で暖を取りながら、エマに話した。


「なぁ、もし俺達が勝って、日常に戻る願いを叶えたらエマはどうなるんだ?」


お汁粉を啜りながら淡々と答えた。

「さぁ。願いを叶えた後の事はよくわからん。特にユートのような場合は想像さえもつかないな。身体が普通の人間に戻るのか、はたまた全てを忘れて日常に戻るのか………」


空になった缶を手渡しし、エマは少し真面目な顔でこちらを見た。


「まぁ、私にとってはそれが本望さ。ユートの願いを叶えさせる。そのためにも今は目の前の敵に集中しよう。」

「そうだな。」

十分に暖まった指をグーと握る。空き缶を捨て、バイクに跨る。


「北端まで30㎞、残り30分ってところだな。」

「残り三人、銃撃、鋸引、磔。鋸引以外は私達には不利相手だ。しかし制定者コマンダーがいないのはありがたい。」


グリップをひねり、駐車場を出る。

山と空の境界線から完全に姿を現した太陽は二人が跨るバイクを明るく照らしている。

死地に向かうにもかかわらず二人の心はすっきりとしていた。

これが諦観なのか勇気というのか、それは今の二人には関係のない話だった。



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