第15話  赤い瞳と黄色い瞳と最後の思い

真一とアネットとの出会いはその寝室だった。

白い部屋に眠りについていた真一はカーテンから指す月光に目を凝らしていた。

日光でさえ自分にとっては毒である。月光は自分にとって太陽のよりも希望に満ち溢れていた。

眼の前に強い光とともに少女が現れたのは深夜頃だっただろうか。衝撃で開かれたカーテンから指す光は少女の白に近い金髪を輝かせている。

「私の手を取って。」

それは美しさに見とれたからだろうか、不思議な魅力に目が離せなかったからだろうか、ただ単に夢見心地なだけだったのだろうか。

今となってはそれはどうでもいいことだ。


『自分の体が日光でも傷まない。』その事に気づいたときの衝撃に比べれば些細なものだ。

生まれたときからその髪と肌からアルビノであることは明白だった。

色素を失った目は淡い赤いを帯び、肌は病人のように白い。子供の頃は活発に活動できた。しかし年月が立つにつれて外出が厳しくなった。

肌を刺す痛みがか激しくなったからだった。学校の体育は休みがちになり、学校さえもいけなくなってしまった。

その時辺りだろうか自分の願いが「自分の身体で動く」になったのは。

ありがたいことに持ち前の学力と家庭教師のお陰で高校、大学と国公立に進められた。

しかし病状は一切良くならない。せいぜい週一の外出程度だ。

それが彼女と契約することで自分は普通の奴らと同じように過ごせるようになった。その事実は真一にとっては願いがかなったものだった。

その代償は重く、戦うという枷を負った。しかしこの身体は失いたくない。残された道は一つ。戦い勝利することだ。己の願望のために。



「お前、何者だ?」

真一は男に問いかける。


「へえ、俺の顔を知らないやつがいるんだ。」

その男はラフなシャツに迷彩柄のズボン、短い金髪といういで立ちだった。


アネットが言う。

「あの男、指名手配犯の宮田洋一ですね。能力は多分腰斬(ようざん)ですね。」


「そこのガキ、しっかりお勉強しているな。満点だ。」

男の赤い目が光る。


「10年前に行われた一家殺人事件。親子4人が殺害、母と娘が犯され、父親と息子が惨殺、金品を奪われたって事件。それの犯人です。」


アネットがトンファーを構える。


「つまりこいつは底なしのゴミでクズ野郎というわけだな。」

真一もそこに落ちている鉄筋を足で弾き、掴む。


「やろうっていのか。お前みたいなヒョロガキに何ができるんだよ。お前の目の前でそのガキ、犯してやるさ。」



洋一が振りかぶる。特大剣が遠心力と重力加速でその威力が底上げされる。極太の鉄筋でそれを受け止める。

チューインガムのように曲がる鉄筋に火花が走る。


「うぐぅぅぅ‼」

洋一がのけぞり、距離を取る。

「痛ぇ。静電気かよ。」

「ほう、電流が流れてもその程度か。」


折れ曲がった鉄筋をレールガンの弾として撃ちだした。


「ふん‼」

特大剣を薙ぎ払い、それをはじき返す。

「おもしれえ、名前は?」

「お前に教えるほど俺は落ちぶれていない。」





芽衣と呼ばれた少女のクレイモアの連撃をトンファーで受け流す。


「あなたの願いは何?」

芽衣は問いかける。


「私の願いは器の願いです。私たちは蛇口、意志を持たない。」

「そうか。」


その巨剣が薙ぎ払われる。地面を穿ち、空を切り裂く。

その衝撃に肌が震え、足元が震え、魂が震える。

恐怖、その感情が心を染め上げる。

その一瞬の迷いが生死を分ける、心臓の鼓動が一段と跳ね上がる。

眼前を進む刃を見る。アネットが芽衣の腹部を蹴るのと同時に刃が掠める。

芽衣の身体が吹き飛び、アネットは更に追撃を食らわせる。

吹き飛び、壁に激突する身体にトンファーの角の殴打を打ち込む。首、顔面を2発ずつ殴打したときだろう、トンファーに腕が伸び、掴まれる。


圧倒的なほどの力に驚愕が隠せない。その時、耳に小さな声が聞こえた。はっきりと明瞭に。

「打開。瘋狂的氣息充斥全世界。慾望和不潔的打擊會帶來毀滅。分断者アズテリア


その言葉と共に出力が上昇するのを感じた。

頬に痛みが走る。最初は弱いが、段々と痛みは指数関数的に増幅する。自身が吹き飛び、壁に背を打ち付けるところまでスローに感じる。


開放offen‼Der elektrische Stuhl ist elektrifiziert, um diejenigen zu schützen, die er liebt‼帯電者アンガクライト‼」


鉄骨に挟まれた金属塊が芽衣へと放たれる。が、それは一太刀で切り捨てられる。

芽衣の瞳が煉獄のように紅く染まり、アネットの黄色い瞳が黄土の如く煌めく。


二人のそれぞれの武器がぶつかり、削れる。芽衣は重いクレイモアを軽々しく振り回し、アネットはその身軽さでそれらを躱す。

アネットは鉄骨に足を掛ける。二本の鉄骨レールに挟まれた金属塊が鉄骨を走り、クレイモアを弾く。

その一瞬の隙をアネットは見逃さない。一気に近づき、トンファーを芽衣の左腕にねじ込む。さらに顎、こめかみと連撃を加える。

肌が裂け、口から血を吐いた少女は動かない、赤いチャイナドレスが赤黒い血で上書きされる。

最後の一撃を加えようと手に握るそれを振り下ろそうとした瞬間、彼女の赤い瞳が強い力を帯びた。

二本目の巨剣がトンファーへ振り下ろされる。その質量はトンファーごと少女の方を抉り、地面に突き刺さる。

「ギャ゛ァ”ァ”ァ”ァァァ‼」


自身の契約者の悲痛な叫びを耳にした真一はそちらに目をやる。

左肩からその先がない少女は地面に伏し、もうひとりの少女は両手に特大権を担ぎ、少女の命を狙う。

今までの真一なら放って置いただろう。彼女が死んでも自分は戦い続けることはできる。少なくとも生きることができる。

しかし、今はそうでなかった。無意識のうちに叫んでいた。

「アネット‼」

右手を洋一に向けながら、左手を少女に向ける。電撃とともに金属片が芽衣に直撃する。

「痛ァ。」

彼女は少し怯んだ。その瞬間にアネットは飛び起き、その場を離れる。

彼女の向かう先は真一。彼女は自身の器に背を預ける。


「すみません、やられてしまいました。」

「いい、気にするな。今は相手を殺すことに意識を持っていけ。」

何故叫んでしまったのか、自分でもわからない。

自分が戦う理由は自分のためだ。そこに契約者は関係ない。せいぜいきっかけに過ぎない。この体を手に入れたあとはどうでもよかったはずだ。

しかし、今自分は彼女が傷つくのを恐れた。形容できない感情が真一の胸の中で渦巻いている。


二人を挟むように洋一と芽衣が近づく。

「行くぞ。」


鉄筋を両手で挟む。腕に流れる電流を感じる。鉄筋が高速で洋一の頭を狙う。

特大剣で弾いた眼の前には先程の鉄骨レールを振りかぶる真一がいた。

返し刀で鉄骨を止める。

二人の動きが止まった。

「芽衣、今だ‼」

真一の背後にクレイモアを構えた芽衣が忍び寄っていた。

振りかぶる直前、芽衣の身体に衝撃が走る。体当たりで突撃したアネットが動きを止める。

標的を変え、アネットに剣を振り下ろす。

直後、隻腕の少女の体が浮き、真一の下へ急速に近づいた。

追撃しようとする芽衣の脚に何かが絡みつく。切り落とされたアネットの腕がその脚にしがみつく。2kg強の質量は走るのにはかなりのウェイトだ。

動けなくなった少女を横目に真一は洋一にしがみついた。

胴にしがみつき、洋一の動きを止める。抵抗は凄まじく、特大剣の柄が背中を殴りつけ、刃が脚を切り落とす。吹き出した血が地面のアスファルトを伝う。

足元の血溜まりを踏みつけた洋一は足に違和感を感じる。脚がしびれたように動かない。


「てめぇ、何しやがった‼」

「足を動かすための…信号も電流なんだぜ……」

出血により焦点が合わない目を洋一に向ける。その口には笑みがこぼれている。


「アネット、今だ!!!」

洋一は真一の背後に立つ隻腕の少女が立っていることに気がついた。

少女の右手に触れるのはひときわ大きい鉄骨が二本。その間にはクレイモア。彼女の腕を切り飛ばしたそれが次に狙うはその器。


「離せ、この野郎‼」

「さぁ、一緒に野垂れ死のうぜ。」

その言葉は狂気ながらも、目には穏やかさを保っていた。


チャージが完了したアネットはは鉄骨に電流を流す。大電流が右の鉄骨から左の鉄骨へ。間のクレイモアをプラズマ化させながらローレンツ力で動かす。

長い鉄骨は普段よりも長い間電流を流し、さらなる加速を生み出す。

十分に加速しきったクレイモアは音速を超えた飛翔体として、二人へ駆ける。

大きく重くそして速くその刃は二人を貫いた。真一の胴体を真っ二つに裂き、そのまま洋一の腹部も貫通した。


「シンイチ!!」

アネットがすぐに駆け寄るも、彼の息は途切れ途切れで痛々しい。上半身だけになってもその目は穏やかだ。

もう助かる見込みもないが、アネットは腹部を押さえ、止血しようとする。しかし傷は大きく、止まるはずもない。

真一は腕を持ち上げアネットの頬をなでた。徐々に冷えていく指先は血で染まり、彼女の頬を血糊がこびりつく。

「悪かったな。アネット。」

「口を開かないでください。痛みますよ。」


「どうして、こんな戦法を使ったんですか………?あれだけ自分の欲望に忠実だったのに?」

「散々な言われようだな...。だけど初めて君と出会った時、俺は君が美しいと思えた。それだけさ。」

真一の身体は徐々に消え始めている。しかし言葉を続けた。


「短い間だったが俺は自分以外に自分の時間を懸ける事ができた。君と会えたことが嬉しい。さようならアネット。」

そう言い残すと、真一は瞼を閉じた。淡い紅に染まった瞳が見えなくなる。黒に染めた白い髪は柔らかくそよいでいる。同時にその体は完全に消滅した。


アネットはその場で泣くことしかできなかった。目から溢れ続ける液体は頬を伝い、地面に落ち染み込んでいく。

「貴方が死んだら、私も死んでしまうのに。なぜ私なんかのために...。」


「それがやつの真の願いだったんじゃないか?」

背後から聞こえる。


そこにはエマが立っていた。


「真一は自分のためと言いながら、本当はお主と共に過ごすことを楽しみにしていたのではないか?生憎、私はお主らのことをすべて知っているわけではない。だが、やつの見せる瞳はいつもお前を見ていたぞ。もしかしたらやつは目的と手段が変わっていたのかもしれんな。」


「やつは最期までその願いを口には出さなかった。だからやつの最後の願いを叶えてやれ。今はゆっくり休め。」

アネットはその場に仰向けに寝転んだ。瞼を閉じ、意識を奥深くに沈めた。

金色の瞳が長い睫毛と瞼に覆われる。

悲哀、感傷、そして悲恋。様々なものが映し出されていた目は愛する人の姿を網膜に焼き付いていた。最後の後悔は彼に思いを伝えられなかったことだろうか。

「ありがとうございます。エマ。ではお先に。」

「あぁ。向こうで仲良くな。」


エマはアネットの体が消えるのを最期まで見届けた。

そしてもうひとりの少女に向き合う。殴打された跡が青く痣になっている。

黒髪の少女は今にもこちらへ噛みつきそうな顔で伺っている。


「辞めておけ。器をなくした今、お主の出力は下がりきっている。開放さえも使えないお主が私に勝てるはずもなかろう。」

芽衣は手のクレイモアを放り投げた。


「がぁ...ぐぼあ。」

少女は言い残し、灰のように崩れ去った。

少しの疑問を感じるがエマはそのまま廃ビルの中へ走っていった。

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