第12話  目覚めとコーヒーと白い天井


意識が段々と明瞭になる。背中には柔らかい感触を感じる。腹部は軽く布がかかっている。

目をゆっくりと開ける。白い天井が視界を覆う。いつも見ている部屋よりも天井が高い。

体の節々がすこし痛むが上半身を起き上がらせた。

上半身は裸で腹には包帯が巻かれている。白い包帯から滲んだ赤色が鮮やかだ。


「ここは?」


どうやらベッドに横たわっていたようだ。壁さえも白く真っ白な部屋の右手側は全面ガラス張りだ。

朝日が差し込み、その部屋の輝きを際立たせている。

ドアが開き、一人の男が入ってきた。


「やっと起きたか。」


悠斗はその顔に見覚えがある。


「八重坂真一。」

「どうだ、あの日のことを思い出せるか?」

「あの時、腹を切られて、胸に刺さった。そこまでは……」

「その先は記憶になしか。」

「瞳はどうなった?」


真一は手に持つコーヒーカップを啜り、口を開く。


「お前が倒したよ。」

「そうか。それより二人は?」

「リビングに居る。」


悠斗はベッドから飛び起き、新一が入ってきたドアから飛び出した。


「おっ、ユート。やっと起きたか。」

「おはようございます、悠斗。」


二人はアネットと共に朝ご飯を食べている。


「ここは俺の拠点だ。流石にあそこに放りっぱなしは悪いと思ってな。お前には見逃してもらった恩もある。」

後ろから真一の声が聞こえる。


「あの状況から勝つとは流石私の器だな。」

エマは得意げな顔でトーストにかぶりつく。


「話はあとだ。今は飯でも食っとけ。」


悠斗は言われるままエマの隣に座り、トーストをかじる。味はしないし、香りもない。まるで紙を食っているようだ。

眼の前のカップを取り、口に運ぶ。

黒い液体を喉に流し込むも味はしない。


「ユート、それをそんなに飲めるのか…?」


エマは化け物を見るような目でこちらを伺っていた。


「コーヒーのことか?」


エマは無言で頷いた。


「エマもまだまだガキだな。」


エマが頬を膨らませ、ポコポコ殴ってくる。

「うるさい、うるさい‼コーヒーを飲めることがそんな偉いことかぁ‼」


ぷんすこ怒るエマを横目にアンジュはコーヒーを飲む。カップを両手で包むように持ち、大切なものかのようにゆっくりゆっくりとそれを飲んだ。


「お子様の舌ですからね。」

「ムッキー!!」


アンジュの挑発を真に受けてエマはさらに一口コーヒーを飲む。

「ゲェェェッッ。」


エマの壮大なえずきが響く。


「どうぞ。」

アネットはエマに牛乳を手渡した。

受け取ったグラスを飲み干したエマはアンジュと悠斗を睨みつけた。


「こんなものを飲めるなんてどんな舌をしているん……。」

出掛かった声はそこで止まってしまった。


「気にすんな。俺の体は元からここには無いんだ。」



「重い空気のところ悪いが一つ質問がある。西園寺という名に聞き覚えはあるか。」

「もう少し空気読むことはできなんですかね?」

「やめてあげてください。シンイチは空気を読むのが下手くそなんです。」


アンジュとアネットの掛け合いが真一の心を突き刺す。


「いや、知らないな。その名前がなんなんだ?」

悠斗は答える。


「お前を狙撃していた男が言っていた名前だ。そいつに気をつけろだとよ。」


「もしかしてそいつが制定者かもしれないな。」

エマが横から口を出す。


「制定者?」

「そうだ。大抵の”戦い”におけるゲームマスターみたいなものだ。”戦い”における中立な立場でその量刑を行う立場だ。制定者の能力は必ず制定者コマンダーになる。」


「けれどその場合、誰かが制限を超えたことになりますね。私たちが何か超えることしましたかね?」

「共闘は基本禁止だが、相手もやってきたからセーフのはずだ。むむ、全くわからんぞ。」


二人の間で会話が勝手に進んでいく。


「もし、そいつに出会ったら俺達はどうすればいい?」

真一がエマに問う。


制定者コマンダーの相性は私達の能力全員に対して有利だ。勝ち目がないわけではないが限りなく低いと考えていいだろう。見つけたら即逃げる。それが一番だろう。」


エマは続ける。

制定者コマンダーは出力量も魂の質さえも別格だ。私達5人が揃っていても互角以下だろう。」


「今はそれ以上に他の相手について考えていたほうがいいですね。」


「残りの数がわからない以上どうすることもできないが、最悪他の奴らも拱廊している可能性があるな。」


悠斗は手を挙げる。

「俺が眠っている間に話が色々進みすぎてないか?俺達、こいつと共闘することになってんの?」

「あぁ。現状、開放が可能な敵が手を組んでいたんだ。私とユートは開放へ至っていない。数の有利差があったとしてもパワー不足を感じる。だからアネットたちと共闘することにした。」


内容は理解できる。実際瞳との戦闘ではほぼ敗北していた。


「けどよ。最後に叶えられる願いは一つだ。どうなるんだ。」

「それを交換条件に出した。願いは真一に優先させる。ユートの望みは”戦い”が終われば自動的に叶う。そうだろう?」

「そうだが……」

「すまない。私の力不足だ。私は開放を会得できていないせいだ。」


悠斗はエマの頭を撫でた。

「あんまり自分を追い込みすぎるなよ。」


「ユートもな。」


「一時的なものだが、よろしく。」

真一が手を突き出す。


「こちらこそ。」

悠斗はその手を強く握り返した。


「早速だが作戦会議と行こうか。」

エマが仕切るこの状況。全員が席に座っている。


「今、残りの相手は絞首、鋸挽き、磔、銃撃、溺死、首切りetc。詳しい数が分からない以上具体的な対策はできない。言えることは現在遠距離のアネット、中距離のアンジュ、近距離の私と揃っているのは有利である。そして敵は多分開放へ至っているだろう。そうなれば私は参加しても難しい。二人に頼んだぞ。」

「戦うのは俺達に任せろ。」


真一は続ける。

「問題は西園寺だ。あの男が言うことが正しいならばその男と出会ったときが一番最悪だ。その時は各自逃げろ。いいな?」


「あぁ。」

「了解しました。」


アンジュが真一に話しかける。

「防衛戦になるのはあまりおすすめできません。」

「だから今回は俺達から狙う、敵の感知にはこちらに有利がある。」


悠斗は目を細める。

「なぁ、俺何日寝てた?」


「「5日間。」」

アンジュとエマが同時に答えた。


開いた口が塞がらなかった。

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