第10話  狙撃と死と暗闇と

真一はほぼスタジアムの対角に立つ男を見つめていた。

金髪の男はこちらに指を向けている。こちらも対抗して銃の形を作った手を相手に向ける。


横に立つ少女たちの声が響く。


開放offen‼Der elektrische Stuhl ist elektrifiziert, um diejenigen zu schützen, die er liebt‼帯電者アンガクライト。」

開放offen‼Trauer, Sorge, Wunsch, was spiegelt sich in den Augen wider, die die Zukunft widerspiegeln?‼投石者ステファノス。」


二人の少女の声に応じてそれぞれの器たちの指先が光る。


アンディは指先から円錐状の岩石を射出した。迎え撃つ真一は指の股から金属片を飛ばし、飛翔物をすべて弾いた。

崩れる弾丸上の岩石の粉塵の先に立つ金髪の男と目が合う。

真一は指先に力を籠める。指先が自分のものではないような感覚にとらわれる。まるで指の先がなくなったかのように。

その人差し指と中指は異貌のようなものになっていた。金属製のレール、いや金属の棒が指から生えているといったほうが正しい。真一は片膝立ちになり、レール製の指を観客席に掛け、安定させる。

狙うはもちろん敵の心臓。

金属棒の間に挟まれた金属片にアネットから供給された力を電流に変換させ、大電流が瞬間的に流れる。ローレンツ力によって金属片はレールの並行方向を滑る。


音速以上で発射された金属片はクレアの肩を貫いた。


「クレア‼」

「私のことはいい。やつを狙え‼」


アンディは指先に集中する。相対する男の横に立つ少女を狙う。彼の能力、石打ガイアによる岩石投射。

次は散弾のように投射する。この距離なら射程ギリギリで当たる。


空中に発生した丸い岩が音速で空を切り、スタジアムの空を飛翔する。

岩は空中で炸裂、さらなる加速をつけたそれは雨のように二人を襲う。


雨の如き散弾が真一の右目に当たる。眼鏡のレンズが割れる。


「シンイチ‼」

「構うな。お前は電流の調整に意識を向けろ。」

アネットはその言葉に従い、意識を自分から真一に与える力の調整に向けた。

真一はその負傷した右目に代わって左目で照準を付ける。


「「この一発で決める‼‼」」


真一は指先のレールを延長させ、構える。

アンディは腕のブレを抑えるため、両手で目線の先を狙う。


勝負は一瞬だった。

互いに同じタイミングで発射された弾丸は空中で衝突した。

しかし、圧倒的初速と硬度を持つ金属片は岩石を貫き、直線状のアンディの腹を撃ち抜いた。



「危機的な状況だな。」

自身はボロボロ、二人は戦闘不能。砲撃は真一が止めいている。

目の前の二人にを睨みつける。

折角もらったチャンスだ。

悠斗はまず瞳を狙う。槍を左手で投擲し、二人の分断を狙う。

回避した瞳を狙う。


日本刀を大きく引き、袈裟切りに移る。

その大ぶりな一撃は瞳の環首刀で止める。


「いい一撃ね。だけどあまりにも直線的すぎる。」


空の左手が掴む動作を行う。その手には青龍刀が握られている。

大型の剣の一撃が横向きに振り払われる。悠斗はその場を回避しようにもワンテンポ遅れる。

服ごと腹が切れる。

瞳は更に踏み込む。悠斗はバックステップで躱そうとするが一瞬動けなかった。


開放open!! O defeated one, wipe away the despair before your eyes.

Destroy the evil before your eyes.不凋者ドロメウス

その声が聞こえたのはその少し前だった。

青龍刀と環首刀の連撃が目の前に迫る。青龍刀を日本刀で止めた。しかし、環首刀の胸に刺さった。


「ゴフッ」

気の抜けた声と共に口内が血で溢れた。血が歯の隙間を縫って、外に出る。


目の前が暗く沈んでいく。最後の景色は瞳の冷たい笑みと、真っ赤に染まる環首刀の刃だった。




気付いた時には俺は真っ暗な世界にいた。先ほどまでの記憶を辿る。

瞳が二刀流になって、回避できず俺は刺された。

胸に手を当てる刺された部分の服が裂けている。右胸、心臓は避けているが動脈あたりだろう。肺にも傷がついている。

出血多量か、ショック死か、


「死んじまったか、俺。」

もとより覚悟していたことだ。

心残りといえば母さんや店長のことだが大丈夫だろう。いい年した大人がこんなことではへこたれないだろう。

悠斗はもう一つ気がかりなことを思い出した。


「エマ……アンジュ……」

器たる自分が死んでしまったことには契約者たる彼女たちが待ち受けるのは死のみ。


「俺はあいつらになんかできたかな……」

それがもう一つの心残りだ。


『やっぱり後悔してるんじゃない?』

どこからともなくその声は語りかけてきた。その声には懐かしさを感じる。

後ろを振り向くとそこには一人の子供がいた。少し幼げな顔に見覚えがあった。


「お前は……」

エマが家に来て、服を出した時の写真の子供だった。


「俺なのか?」


その子は笑顔を崩さず、問うてくる。


『まだやるべきことがあるんじゃないの?』

その子は指さした。その先は暗い世界の中で明るく輝いていた。


「そこに行けというのか……?」

子供は頷く。

何があるのかは分からない。けれどもなぜかいかなくてはいけない気がする。義務感や責任感といった感情ではない。

もっと熱く、衝動的な気持ちがその足を突き動かしていた。

明るく輝く方向へ悠斗は走っていった。

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