第2話 死と隣り合わせ

 転生早々、優真は目を見開いた。目の前には広大な森が広がり、どこまでも続く緑の中に一人取り残されていた。お腹はグーグー鳴り、頭の中には「どうやって食べ物を確保するか」という一心の思考が巡る。


「…餓死でぽっくり逝きたくねぇな」


 それから森の中で果物や野草を探すも、なんともいえない不安感が彼を襲う。動物の鳴き声や木々の揺れる音が食料の不足をより一層際立たせる。


「カップ麺くらい持っとけば良かった…!」と、彼は弱音を吐きながらも、一生懸命に食料を探し続ける。


 数十分後、ようやく見つけたのは見た目には無害だが、食べてみると強烈な苦味が口に広がる『魔の果実』。思わず顔をしかめながらも空腹に勝てずに食べることを決意する。


「オロrrrrrrrrrr!はぁ、はぁ…悪くねぇ味だった(嘘)」


 わかっていたがひどい腹痛と吐き気に悩まされ、遂に口から戻してしまった。腹痛をこらえながらも見た目に反して美味しい食べ物を探し続ける優真の姿は、コメディータッチだった。


 その後、疲れ果てた優真が森の奥深くで体力を使い切って今度は水分を確保するために川を探し始める。


 しばらく彷徨っているとふと耳に入ってきたのは、心地よい水のせせらぎの音。静かな森の中でその音が彼に一筋の希望をもたらした。水の音を頼りに優真はその音が響く方へと急ぐ。その音が彼にとって救いの水源であると確信して心の中で小さな喜びを噛み締めながらさらに森の奥へと進んでいく。


 ついに森を駆け抜けると、目の前に広がっていたのは美しい川のほとり。喜びが抑えきれずに瞳を輝かして腰を下ろそうとした。しかしその景色に目を奪われた優真の視線が突然凍りついた。川辺には、三人の女性が裸で水浴びをしていたのだ。彼女たちの無防備な姿に優真は驚愕し、思わず硬直してしまう。


 ”え、ゑ??…あれ、もしかして俺捕まる?”


 そして川の水浴びを楽しんでいた三人の女性たちは、優真に気づくと一瞬の沈黙が訪れる。彼女たちの視線が交わり、赤面する表情が見て取れる。


「こ、こっち見ないで!!」


 一人の少女が声を上げると、場の空気が一変する。


 優真は混乱と羞恥でどうすることもできずにただ立ち尽くすばかり。突然、一人の少女が優真に向かって手を掲げるとその手から青白い光が放たれる。光は次第に形を成し、魔法のエネルギーが優真に向かって放たれる。


 ”oh…人生終了”


 優真は驚きと自分の死を悟り、魔法の光が彼を包み込む。


 その瞬間、優真の視界が白くなって何も見えなくなる。彼の周囲には、女性たちの驚きの声とともに強い魔力の波動が広がっていった。


 その後意識を取り戻すと、目の前に広がる景色に再び硬直した。頭の中がまだぼんやりしている中、視界に入ってきたのは三人の女性たちの心配そうな顔だった。彼の目の前に三人が息を呑むように顔を近づけている。


「彼、大丈夫かな?」


 一人の女性が囁く。彼女の声は優真の耳にかすかに届くがまだ体が重く、動かすことができない。


 他の二人も不安そうに、彼の顔を覗き込んでいる。彼の周りには温かい光が差し込む静かな空間が広がっていた。どうやら、優真は川辺から少し離れた場所に運ばれていたようだ。


「んっ……」


「あ、目が覚めた?」


 一人の女性が優真に声をかけると、優真は薄く目を開けて彼女の顔と目が合う。彼女は少し安心したような表情を浮かべた。


「君たちがここまで…?」


 優真は混乱したまま、かすれた声で問いかける。しかし、女性たちが見守る中、まだ優真は体力を回復できていないようでふらつく視界の中で彼女たちの表情しか見えない。


「ゴメンね、ついあなたにを……」


 ”ん???”


 少女が必死に謝りながら言う。その言葉に、優真は少しだけ…いや、不安と恐怖が心の中で大爆発した。


 優真は目を開けると少しずつ意識がはっきりしてくるのを感じた。周囲の静かな光景と、顔を覗き込んでいる三人の女性たちの心配そうな表情が見えた。彼はまだ体がふらついて力を入れることができないが、必死に体を起こそうとした。


「お、落ち着いて…」


 一人の女性が優真に手を差し伸べようとするが、優真はその手を優しく払いのけるようにして立ち上がる。体がふらついて足元が定まらない中、優真は自分の意志で森に戻ろうとする。


「大丈夫だから…」


 優真はかすれた声で言いながら重い体を引きずるようにして立ち上がる。女性たちは驚きと心配の入り混じった表情で彼を見守っている。


「無理しないでください!死んじゃいますよ!」


 魔法を放った少女が再び声をかけるが、優真はその声を背中に受け止めながらもゆっくりと森の方向へと歩き始める。彼の足取りは不安定で、時折よろけながらも一歩一歩前進していく。


「生きてるからセーフだよ…!」


 優真は振り返りながら無理に笑顔を作り、女性たちに向かって手を振る。彼の表情には痛みと不安が浮かんでいるが彼は強がって見せる。


 しかし、森に一歩足を踏み入れたその瞬間。強烈な衝撃が優真を襲った。目の前が一瞬で白くなり、体が宙に浮かぶ感覚に襲われる。


 次の瞬間、彼は勢いよく地面に叩きつけられた。


「う…ぐっ…!」


 優真は激しい痛みに声を上げ、体を押さえながらも何とか起き上がろうとする。衝撃の正体が何であったのかを知る暇もなく、森の中から突如として現れた強大な力に、彼は圧倒された。


 周囲の木々が揺れ、風が吹き荒れる中で、優真は再び地面に倒れ込んで視界がぼやけていく。女性たちの驚いた叫び声が遠くから聞こえ、優真は意識が朦朧とする中で、ただ無力感と痛みに苛まれていた。


 その直後、森の奥から異様な気配が漂い始める。周囲の木々が激しく揺れて風がうなりを上げる中、地面が振動し始めた。優真が痛みに苦しんでいると、その気配が次第に近づいてくるのを感じた。


 突然、森の深い緑の中から、巨大な魔獣が姿を現した。目の前に現れたのは、四肢が太くて体全体に黒い鱗が覆われた、まるで山のような巨大獣。目は赤く光り、口からは鋭い牙が覗いている。その姿は圧倒的な威圧感を放っていて自然の力そのものが具現化したかのようだった。


「魔獣、なんで此処に!」


 一人の女性が恐怖に目を見開く。その声が森に響き渡り、他の二人の女性たちも驚愕の表情で立ち尽くしている。


 魔獣はその巨大な体を揺らしながら吼え声を上げて、周囲の木々を一瞬で吹き飛ばす。その動きは力強く、圧倒的で、優真と女性たちに向かって猛然と突進してきた。


「逃げて!」


 もう一人の女性が叫びながら他の二人とともに必死でその場を離れようとするが、魔獣の速度と力には到底敵わない。


 魔獣の爪が空中を切り裂いて地面に大きな溝を生成させた。その威力に、優真と女性たちは吹き飛ばされ、激しい衝撃と恐怖に包まれる。


 ”逃げねぇと!…でも”


 優真は自分の身を守ろうとするが、痛みと衝撃で動けないまま。女性たちも、必死に魔獣の攻撃をかわしながら、その場から逃げることを試みる。魔獣は彼らを追い詰めるように、その巨大な体を振り回し、森を震わせながら迫ってくる。


 女性たちは、恐怖と混乱の中で逃げ惑う。魔獣の圧倒的な力の前に、彼女たちの姿はまるで無力な存在のように見える。それぞれが武器を取り出すがそれでも全く歯が立たず、優真に魔法を撃った少女はどうやら魔力切れのようでかなりピンチであった。


 優真はふらつく体を無理に動かしてでも必死に逃げようとした。痛みと疲労で動きが鈍り、体力も限界に近づいていたが心の中に蘇るのは過去の記憶だった。


 かつての自分が感じた無力感と、愛する人たちを守れなかった悔恨が一瞬で彼のことを覆いつくした。


 苦しみと悔しさが込み上げてくる。彼は歯を食いしばりながら痛みを耐えながら自分を奮い立たせる。


 ”もう、目を逸らさない。だって……後悔したくないから!”


 優真はそう自分に言い聞かせて震える手で前に進もうとする。その瞬間、魔獣が再び吼え声を上げながら優真の方向に一気に突進してきた。魔獣の動きは速く、力強く、その巨大な体が圧倒的な威圧感を持って迫ってくる。


「掛かって来い!!」


 優真は声を振り絞りながら、必死で立ち向かおうとする。しかし、体力も気力も限界に近づいている中で、彼の攻撃は全く効かずに魔獣の一撃を受けるだけの状態だった。


 魔獣がその巨大な爪を振り下ろし、優真の体を一瞬で打ち砕いた。その爪が優真の体に直撃し、強烈な衝撃が全身に襲う。彼の体は空中に吹き飛ばされて再び地面に叩きつけられた。


 動こうと体に再び力を籠めたがズキンズキンと痛みが全身に波を打つように広がる。そして優真は自分の骨が全て折られていることに……


「ア”ァ”!!」


 その瞬間、今までに無い痛みに優真は耐えきれず、声を吐き出すように叫んだ。


 呼吸もままならず、体の感覚が麻痺していく中で彼の視界は次第に暗くなっていく。過去の記憶と現在の絶望が交錯し、彼の意識はふわりと遠くへと引き離されていった。


 ”終わっちまうのか…また、何も…守れずに……また、誰も助けられずに”


 優真の意識が薄れていき全身の痛みと絶望に包まれる中、森の奥で三人の女性が魔獣に追い詰められていた。魔獣の猛攻によって彼女たちは絶望的な状況に陥り、もはや逃げ場もなくなっていた。魔獣の巨大な爪が再び振り上げられ、女性たちを襲おうとする。


 その瞬間、優真の意識が遠くから響くような声に引き戻される。彼の体がまだ動かせない状態だったが彼の内部で何かが変わり、記憶と痛みが交錯すると彼の精神の奥深くで眠っていた力が目を覚ます。


 まるで別人が目を覚ましたかのように、優真の体が急激に変化していく。


 意識が戻ると体が音速で動き始めた。優真の姿が一瞬で魔獣の前に現れ、魔獣が振り上げた爪が彼に届く前に、その身をかわして指先を軽く曲げる動作をした。


 ”え、君…動けない筈じゃ……”


 その瞬間、周囲の空気が一変した。優真の指先から発せられた衝撃波が空間そのものを引き裂くかのように力が広がり、魔獣とその周囲の地形を一瞬で消し去った。森の木々が吹き飛び、大地が崩れ去り、底が見えないほどの大規模な衝撃波が広がっていく。


 魔獣はその力に圧倒され、跡形も無く存在そのものが消え去り、周囲の景色も完全に吹き飛ばされた。


 女性たちはその衝撃波に巻き込まれる直前、目を見開いてその光景を見つめていた。周囲が破壊され、恐怖と驚きの中で、優真の後ろ姿を見ていた。


 そして、静寂が訪れると森の中には、優真が放った衝撃波の余波だけが残り、地形も魔獣も跡形もなく消え去っていた。


 ”あ、あれ…意識が急に飛ん…で……?”


 優真が意識を取り戻すと、周囲の景色はまるで崩壊した荒野のように変わっていた。彼の目の前にはかつて存在していた森が完全に破壊され、地面が深く裂けた跡が広がっていた。魔獣の存在すらも消え去り、自然の秩序が一瞬で崩壊したかのような光景が広がっている。


「ここは…一体…?」


 優真は混乱しながらも、自分がどこにいるのかを理解しようとする。周囲の破壊された地形を見回すと、かつての森がまるで何もなかったかのように、ただの荒地と化している。彼の心に深い驚きが広がると同時に過去の記憶と混ざり合い、現実の感覚が戻ってきた。


 その瞬間、優真は自分の体に異変を感じる。全身の痛みが消え去っていて骨折した感覚や内臓の痛みがすべて無くなっている。傷も痕跡も全く見当たらず、体が完全に回復していることに気づく。


「え…え?」


 優真は驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべる。手足を動かし、体を確認するも、痛みも違和感も一切感じない。まるで一瞬の間にすべてが修復されたかのようだ。


 つばを飲み込みながら、優真は自分の体の異常な状態と破壊された周囲の光景に圧倒され息を呑む。その喉がつばを飲み込む音が、静寂の中で一層際立つ。


「あなたは…一体、何者なの?」


 一人の女性が声を震わせながら、優真に問いかけた。彼女の目には疑念と恐怖が交錯しており、優真の突然の変化に対する不安が伺える。


 他の二人の女性も、優真に対して同様に慎重な目つきを向けていた。彼女たちの顔には驚きと興味が入り混じっていて優真が一体どんな存在なのかを測りかねているようだった。


 優真はその問いかけに対して、まだ自分が何をすべきか整理できないまま、ただ呆然と女性たちを見つめる。その心の中では自分が何者なのか………


 この奇妙な状況をどう解決すべきかを考えながら、女性たちに対してどう答えるべきかを模索していた。


「えっと…俺は……」


 優真は口を開こうとするが、言葉がすぐには出てこない。自分が何者なのか、また何が起こったのかを整理する必要があると感じ、少し時間をかけてから言葉を選ぶ。


「…まだ、説明するには難しい状況だけど、ここにいる理由や出来事を説明する必要がありそうだね……」


 優真はようやく言葉を発し、自分の状況を説明する覚悟を決める。その視線は三人の女性に向けられ彼の言葉に真摯な意図が込められていた。














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転生ヒキニート、いざという時だけ覚醒する件 KKレモネード @keibun09

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