告白
「何が迷惑なの」
目が、据わっている。ごくりと唾をのむ。声を発そうとしたが、口から出てきたのは上ずった間抜けな声。
「いやなんか、ちか、近くないですか?」
「茶化さないで」
引きつった笑いと共に言った言葉は、低い声のそれに切り捨てられた。有無を言わさないその気迫に口角が下がる。体温がすうと冷えていく心地がした。椅子からなんとか立ち上がって。僅かに後ずされば、その分距離を詰められる。心臓が壊れてしまいそうなほど速く脈打っている。鼓動が全身に伝わるほどに。
いつも弧を描いている口は一文字に結ばれていた。
「ごめんね。おじさん、大人だけど余裕とか無いんだ」
とん、と背中に何かが当たる。──壁だ。
「ねえ、リクくん──覚えてる?」
彼は、こんなに怖かっただろうか。彼は、こんなに低い声で話す人だっただろうか。
「おじさん、もうキミがいないと生きていけないって」
こんなに──目が離せないほど、退廃的な美を感じさせる人だった、だろうか。す、と顎を掬われる。無骨な指の感触が、はっきりと伝わって。思考が止まりそうだ。
震えそうになる声を、なんとか絞り出す。
「だって、あれ、冗談って……」
俺の言葉を聞いた彼は、薄い唇の端をゆるりと持ち上げて、妖艶にほほ笑んだ。
「……はは。年甲斐もなく本気になっちゃった」
う、あ。
意味の無い言葉が、口から漏れ出る。顔が熱い。火が出てしまいそうなほど。
「リクくんがしたことが迷惑だと思ったことなんて一度もない。キミがいないと、ダメなんだ。俺を神や英雄としてじゃなく、ひとりの人間として扱ってくれたキミが」
その口を手で塞いでしまいたい。滔々と愛の言葉を紡ぐそれのせいで、緊張と羞恥は頂点に達し俺はおかしくなってしまいそうだった。だけど、それも叶わない。指の先ひとつすら満足に動かすこともできないのだから。
汗が流れ、顔を赤くし、間抜けな顔をしているだろう俺にも構わず。「こんなおじさんでごめんね」囁くような柔らかい、低い声でそう言ってから。
「……愛してる。キミが好きだよ」
真剣な表情を浮かべ、あまりにも直球の告白をぶつけてきたものだから。
俺はとうとう、ぶっ倒れた。
***
「……起きた?」
視界の真ん中にいた人物に、声にならない声で叫んだ。どうやら彼の寝床に寝かせてくれたらしい。感謝を口にする前に──気を失う前の出来事が瞬時に蘇って、また顔に熱が集まる。この人、俺のこと、好きって言ったよな。……愛してる、って、言ってたよな。
バツの悪そうな顔で、ハイトさんは「さっきはごめん」と小さな謝罪を口にした。
「……あんなことは言ったけどさ。当たり前だけど、キミの意志を尊重したいの、おじさんは」
「っふはは、いきなり弱気ですね」
様子の変わりように笑ってしまう。さっきまで真剣な顔をして告白をした人とは同一人物には思えなくて、緊張が少しだけほぐれた。
「ここに残りますよ」
へ、と間の抜けた返事。ぽかんとした彼の瞳をまっすぐ見つめて。とうとう観念して、俺は口を開いた。
「……俺も貴方が好きなんです。俺がいないとダメなんじゃないんですか?」
気恥しさを笑って誤魔化す。呆けたままの表情で──彼は自分の頬を強く叩いた。
「なにしてんすか!?」
「ごめん、夢かと思った」
確認方法が恐ろしすぎる。何を考えてるんだこの人は。
そっか、そっかあ、と何度も繰り返して。詰めた息を吐く彼。「あの、さ」頬を掻き、僅かに紅潮した顔で、ハイトさんが口を開く。
「ごめん、……キスしてもいい? 好きすぎて、なんかダメかも」
「……ど、どう、ぞ……」
頬に手が添えられ、顔が近づく。妙な緊張を覚え、目を閉じた。薬草と混じった彼の匂い。落ち着くはずなのに、落ち着かない。覚悟を決めるよりも先に、乾いた彼の唇が俺のものへ落ちた。
なぜだかその感触に、覚えがあったような気がするが──気のせいだろう。だって、人生で初めてなのだから。……そうだ、初めてなんだ。改めて認識すると、いっそう羞恥が強くなる。
触れるだけの軽い接吻なのに、頭がくらくらしてしまう。ん、と彼が時折漏らす吐息混じりの低い声。聞いたことのない声で、格好よくて、恥ずかしくて。どうにかなってしまいそうだと思ったそのとき、彼の唇が離れた。
「……あはは、顔赤いね。……おじさんもか」
そんなに、赤いのか。なおさら恥ずかしい。うわあ、と呻きながら毛布へ突っ伏すと、頭をするりと撫でられた。
「可愛かったよ」
……なんでそういうことをさらっと言えるんだ、この人は!
叫び出したいが、声も出ず。珍妙な呻きをまた絞り出して、俺は顔に集まる熱を無視しようと努めた。
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