再会と誘い
店の中落ちていた、脱ぎ散らかされた服を拾って、店主に大声を張り上げる。
「あーもう、ハイトさん! また散らかしっぱなしにしてる!」
「いやあ、頭が上がらないねぇ」
「本当に思ってるんですかそれ」
小言を言えば、あはは、と反省していないような笑い声が返ってきた。勉強に来ていたジェイバーくんは微笑ましげに見つめていて、恥ずかしい様を見せていることを再認識した。
「……うーん、一家に一人リクくんが居た方がいいな……」
「変なこと言ってる暇あったら片付けてくださいよ」
「あはは。おふたりっていつもこんな感じなんですね」
楽しそうに笑う。あれから、彼は泣き顔を一度も見せていない。ここを安心出来る場所だと思ってくれたらしく、足繁く通いつめてくれている。つまり話し相手が増えたのだ。素直に嬉しい。
いつもと変わらない一日の、昼下がり。日常を享受していたときだった。
ばたんと、扉が乱暴に開かれる音。何事かと思う前に、聞きなれた声が名を呼んだ。
「リク!」
「へ──」
日光にあたり煌めく、オレンジ色の髪。前に会ったときよりも幾分か良くなった体格に、ぐんと伸びた背丈。目を輝かせて快活に破顔し、そこに立っていたのは。見間違えようもない──大切な幼馴染だ。
「っわ、ルーカス!! 帰ってきてたんだ!」
駆け寄ってきた彼に、その勢いのまま抱きつかれる。前よりもなんだか熱烈になっている気がして、微かな笑いとともに抱き返した。
「元気そうで安心した」
抱きしめたまま数秒。離れた彼は、俺の顔を見てまた爽やかに笑った。変わっていない笑い方に懐かしさがこみ上げて、胸が熱くなる。
「ああ、久しぶりー。大きくなったねえ」
「ふん。前よりも背は伸びたからな、もうちびだなんて言わせない」
ああ、前にちびっ子と言われたことを随分根に持っていたようだ。可愛らしいところもある。……背を越されたのは、正直少し、いやかなり悔しいけれど。
そんなことを思っていると、端で、じいっとこちらの様子を伺っていたジェイバーくんへ視線が向けられた。
「新しい手伝いか?」
「い、いえ……ただの、……お客? です」
確かに説明しづらい関係性だ。植物の勉強をするためにポーション屋に来ているというのも、傍から見れば疑問を覚えるだろう。いちから説明するのもなんだか大変なため、そう答えるのも頷けた。
ジェイバーくんは目を丸くしている。突然店に飛びこんできた人物が誰かわからず混乱しているようだった。
「俺の友だちのルーカス。冒険者になって旅に出てたんだ」
ぺこりと、ジェイバーくんが頭を下げる。人見知りはしないタイプらしく、ルーカスの目をまっすぐ見上げながら口を開いた。
「僕は、ジェイバーといいます。リクさんの友だちです」
「そうか。俺は親友だ」
「……親友……」
改めて言われると気恥ずかしい。復唱するジェイバーくんは神妙な顔をしている、ような気がする。
ふと気づく。ルーカスの胸元で、何かがきらりと光を反射した。視線に気づいたらしい彼が、バッジのようなそれを見せつけるように胸を張り、口を開いた。
「見てくれ。銀級にあがったんだ」
「……え。早くない?」
「わあ、すごい……!」
フォールハイトさんが目をまん丸にして言葉を漏らす。ジェイバーくんは瞳を輝かせて食い入るように見つめ。ルーカスは当然とでも言いたげな表情で、ふ、と鼻を鳴らした。
確か、聞いたことがある。冒険者ギルドというものは、冒険者に互いを高め合ってもらうためにランク制度を設けている。最初の段階では級は無いが、結果を出すことで銅、銀、金の順に上がっていくのだとか。ランクが上がるスピードなんかはわからないが──幼馴染は確実に結果を上げている。本当にすごいことだ。
「他の奴らには負けてられないからな。なにより、リクが応援してくれたんだ。うかうかしていられるか」
口角をあげたまま彼は言う。「すごいね、さすがだよ」自分のことのようにうれしくて、心の底から賞賛の言葉が出て。ルーカスは言葉を噛みしめるように、「……ああ!」と、本当に嬉しそうに笑うものだから。俺もつられて笑ってしまった。
「怪我とかしてない? 大丈夫?」
「ああ。リクからもらったポーションも、まだ使ってない」
懐から出したポーションは、あの日と全く同じまま。使われた様子も、瓶が開けられた様子さえも見られない。それほど重篤な事態になったことがないようで、ほっと息をつく。昔からよく怪我をしていた彼のことだから不安だったのだ。大けがをするところなんて想像もしたくない。ルーカスはまた大事そうに仕舞う。
「保存魔法をかけてある。ずっと大切にするさ」
「っふは、大袈裟だなぁ」
「……おも……」
「……仲、良いんですね」
ハイトさんがさらっと失礼なことを言った気がする。眉根を寄せることなくむしろどこか誇らしさすら感じさせる表情を浮かべた。保存魔法までかけなくてもいいだろう、とは俺も思いはしたけれど。
リク、と低い凛とした声が名を呼んだ。
「今日は、改めて誘いに来たんだ」
漂った真剣な雰囲気に、居住まいを正す。ルーカスが何を言おうとしているのか、彼が訪れたときからなんとなくわかってはいた。幼馴染の勘だろうか。
「俺と冒険者になって欲しい。覚悟だって多少はできた、お前のことを守れるくらいには力もついたつもりだ」
その顔には、言葉通りの覚悟が確かに見えた。以前のような狼狽は微塵も表れていない。胸元で銀が、彼の言葉を肯定するように煌めいた。
ああ、やっぱり。だけど、すぐに返事を返すことはできなくて。
「返事は……」
「夜まで待ってる。決めたら教えてくれ」
決めかねているのを察してくれたのだろう。言い切るよりも先に、猶予を教えてくれた。俺の顔を見て微笑んだかと思うと、くるりと踵を返した。
「……家に帰るの?」
「ああ。家族に会うより先にこっちに来たからな」
こちらを優先してくれたのか。申し訳ないが──少し、嬉しい。「それじゃあ、また」手を振る。ベルの音を最後に、静寂が訪れた。俺はただ、呆然と。彼が去った後もなお、りん、と小さな音で余韻を残す鈴の音を聞きながら、とうに消えた彼の背を見つめていたのだった。
長い沈黙を破ったのは、ジェイバーくんの声。
「……リクさん、行っちゃうん、ですか?」
我に返ってそちらを見ると、へにゃりと、眉が不安そうに下がる。年下である彼のその様は、なんだか迷子になった幼子のようで庇護欲を誘って、思わず頭を撫でてしまった。
「……あはは、あんまり不安にならなくても大丈夫だよ」
断言することは、できなかったけれど。笑い交じりにそう言えば、安心したように彼は困り眉のまま微笑んだ。
ハイトさんは、口を挟むこともなく。ただ黙って、こちらを見つめていた。
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